福島原発事故

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フランス

原子力の誕生は民主主義の概念と両立していない

放射能汚染を明るみにし、防護策の改善を訴えつづけている独立研究所クリラッドのブルーノ・シャレロン(原子力物理技術者、クリラッドの研究部門長)が、原子力大国フランスの“非民主的な”問題点を語った。2012年6月22日に日仏会館されたシンポの記録。
原発

「福島の農作物を食べないで!」福島で話したこと(2)

放射能は目に見えないが、空気や水、土を汚染する。福島のお母さんたちは当然、食品についても心配していた。「汚染水が海に流れたら、お魚が食べられなくなるんですよ。今の数値だったら、まだきれいにする方法もある」 2011年6月に福島で聞いた話。
フランス

フランスの脱原発派の声:アヴィニョン”人間の鎖”発起人

2012年3月11日のリヨン~アビニョンの「人間の鎖」発起人のひとりジャン=ピエール・セルヴァンテスに話を聞いた。「福島原発の1週間後に人間の鎖はじめ、1年間やってきた。最初は150人だったが、次第に増えて1000人が参加するようになった」
フランス

フランスの脱原発派の声:アヴィニョンで活動するグループ

2012年3月10・11日、フランスのアヴィニョンで、福島原発事故について学び、自分たちのネットワークや団体の活動について考える「フクシマデー」が開催された。企画した脱原発グループ「アヴィニョン・モナムール」のメンバー3人にお話をうかがった。
原発

相馬高校「今、伝えたいこと(仮)」を再び

原発をテーマにした演劇を制作・上演する女子高生が本音トークショーの記録。「芝居をやることで、当時のことを思い出し、つらい」「思い出すのがつらくて、本当は忘れてしまいたいぐらい。忘れたら、原発とかどうなるのかと考えると、忘れるわけにいかなくて」
原発

仏版Elleに掲載された「フクシマの母親たちの怒り」

「避難すべきか、残るべきか? 政府が危険性を軽視した状況、そして被ばくの恐怖のなかで、福島の女性たちは絶望に打ちひしがれながらも、救済の道を模索している」とフランスの女性誌『エル』に2011年12月23日号に掲載された記事の抄訳。
原発

2011.3.11福島原発事故直後の地元女性たちの訴え

2011年6月、東京での集会で福島からの3人のお母さんの訴えを聞いた。不思議なほど、福島からの声は、私たちに届かず、福島の方々がどのような思いで日々暮らしているのか、その実状を直接耳にするのははじめてだった。お母さんたちのお話の一部を紹介。
原発

国連人権委が福島原発事故の問題に対しはじめて勧告

国連の人権規約委員会が2014年7月に、「福島原発事故で被害をこうむった人々の生命を保護するために必要なあらゆる措置を講しなければならない」とはじめて福島第一原発事故問題を勧告した。福島事故が人権問題として取り上げられたのは画期的なこと。
原発

「原子力が逆襲するとき」2011年8月フランス雑誌より

あってはならないことなのに、とにかく起きてしまった。福島第一原発の原子炉3基がメルトダウンし、原子力に好意的だった社会、政治、産業の全てに亀裂が生じた。原子力は絶対確かではない。フクシマは、ここ数年間の核に好意的な相互理解を数日で根元から崩した。
原発

原発事故当時の高校生は“見捨てられた世代”なのか

福島原発事故後、春休みに部活が開始し、野球、サッカー、陸上などの部員たちは、放射能で汚染された環境のなか練習に励んだ。高校生は1日の多くの時間を学校で過ごすが、学校生活でどれだけ被ばくしているのかは記録されない。学校での被ばくに心痛める親たち。
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