原子力の誕生は民主主義の概念と両立していない

『アジア記者クラブ通信』2012年7月5日号に掲載された記事です。

6月22日、東京の日仏会館で、シンポジウム「3.11後の原子力社会における政治・知・民主主義」が開催された。最後のラウンドテーブル「原子力と民主主義は両立しうるのか?」では、日仏のパネリストがそれぞれの立場から意見を述べた。放射能汚染を明るみにし、防護策の改善を訴えつづけている独立研究所クリラッドのブルーノ・シャレロン(原子力物理技術者、クリラッドの研究部門長)(注1)が、原子力大国フランスの“非民主的な”問題点を語った。

まず忘れてはいけないのが、原子力は最初、軍事目的でスタートしたという重要な点だ。アメリカ、ロシア、そしてもちろんフランスもそうだった。原子力の誕生は、民主主義の概念と両立していない。原子力の平和利用でさえ、フランスもおそらく日本も、市民が現実に批判的に分析するのは不可能だ。原子力に関する情報すべてにアクセスできるわけではないからである。情報を隠すのは、テロリストへの機密漏えいを防ぐとの理屈からだ。フランスでは2006年に「原子力に関する透明性及び安全性に関する法律(原子力安全・情報開示法)」(注2)が制定された。この法律により、放射性物質、たとえばプルトニウムの加工に関する情報を配信した市民は、罰則を受ける可能がある。平和利用も含め、実際には民主的にならないよう、多くのからくりが作られている。フランスでは、原子力の平和利用計画の決定において、民主的な手続きがとられていない。

改善すべき点をいくつか紹介したい。まず、国家機関の役割である。フランスで原子力の安全を監視する専門機関はASN(原子力安全局)(注3)だ。クリラッドは、この機関が不十分であると指摘している。理由のひとつは、ASNが国防省と産業省を含む5省庁の管理下に置かれているからだ。5省庁に依存している限り、監視するのは難しいと考える。2つ目の要因は、ANSの文書のなかに、「研究者の流動性を促進するのが望ましい」と記されている点だ。つまり、あるときはIRSN(フランス放射線防護・原子力安全研究所)(注4)の研究者、あるときは原子力の監視検察官としてANSの研究者、といった流動性を意味し、ひとりの研究者が、ときには監視する側に、ときには監視される側になるのである。

3つ目は、ASNが、商工業の特色をともなう公社である点だ。原子力推進派の権力機関に面と向かう専門家の役割、つまり市民を守る役割と同時に、EDF(フランス電力公社)やアレバといった原子力事業者側のために専門的な監査も行っている。
このように、ANSには改善すべき面が数多くある。できるだけ根本から独立性のある国家機関の設立の必要があると思う。

市民の管理という役割の重要性も無視できない。たとえば、ウラン鉱山の分野。フランスには200もの古いウラン鉱山があり、これらは現在すべて閉山している。クリラッドは地元市民団体とともに、ウラン汚染に適応した規制の改正を促した。多くの汚染問題が存在していたからだ。ウラン鉱山からの使用済み放射能物質で、学校、レストラン、農場を流れる水が汚染されていた(注5)。

フランスで状況の改善や公正な判断をするのは、国家権力の直接的な行動ではなく、クリラッドのような団体の活動だと思う。測定からはじまり、メディアを使って汚染問題を国民に訴えていく。ウラン鉱山の汚染に対し、我々はドキュメンタリー制作(注6)に加わった。その番組は2009年に国営テレビ(France 3)で放送され、フランスのウラン鉱山の問題を国民に伝えた。その数ヵ月後、政府、原子力当局はウラン鉱山の管理に関する規制を少し修正した。(注7)

放射能防護の方策をさらに向上させるのは、独立した市民団体の役割である。そうした団体は市民に奉仕し、市民の手により市民を管理する。

フランスの国や企業はここ数年、言葉づかいを変える手段を使い、原子力エネルギー分野をわかりやすく理解させようとしている。以前は「汚染(contamination)」と言っていたが、現在は「マーク・印(marquage)」と表現する。こうした言葉を通し、人々の放射能に対する恐怖を減らすことができる。

情報の透明化に関しては、実際にはさほど変わっていない。例を挙げると、地域情報委員会(注8)のケースがある。ほとんどの場合、地域情報委員会が入手する情報は、原子力事業者から与えられている。そのため、独立した管理の遂行は非常に難しい。管理するには原発施設内に入る必要があると考え、クリラッドはその許可を求めた。4ヶ所で要求したが、原子力事業者はいずれも拒否した。真に独立した専門家が分析と監査を実施するには、あらゆる面において自律性を強化しなければならない。フランスは残念ながら、原発運営会社が結果を提示するシステムになっており、いまのところ権力と向き合う監査ではなく、効果的とはいえない。

そのほか改善しなければならないのは、影響調査である。フランス、たぶん日本も同じだと思うが、原子力施設の建設時や施設からの放射能排出許可の修正時に、住民がこうむる影響を調査する。問題は、多くの場合、こうした影響調査がされる前に、施設建設が決まってしまう点にある。2つ目の問題は、原子力事業者自体がこうした影響調査を準備する点だ。国家機関の職員は、あらゆる影響について、事業者を監視する役割を果たしていない。影響調査のしくみがうまくいっているか、項目の原則が規則どおりかを単に調べるだけだ。

影響調査の分析を独立した立場で行う際、我々はしばしば数多くの限界に直面する。まず、お金がかかること。たとえば、ANDRA(フランス放射性廃棄物管理機関)(注9)では、影響調査の資料コピー代が有料だ。さらに、その資料は非常に分厚く、調べるのに通常1ヶ月かかり、最初から最後まで分析するには、数ヶ月かかる。あまりにも技術的で高度なため、市民、地方自治体、独立専門家が徹底的に分析するには、そのぐらいの平均時間がかかる。

民主主義という意味で検討すべき別のポイントは、司法の問題である。フランスの場合、原発事業者、つまり原子力産業を司法の面から制裁するのは非常に難しい。アレバがからむ多くの事例が存在する。ウラン鉱山、たとえば、リムーザンの訴訟(注10)がそのひとつだ。ウラン鉱山からの放射能排出による環境汚染が発覚し、放射能廃棄物の投棄が原因なのは明らかだったが、裁判でアレバは無罪になった。なぜなら、規制がないからだ。汚染は違反ではなく、汚染が明白でも有罪にする手段が公式化されていない。規制を改善させていかなければならない。

国際的に民主化するには、国際原子力機関IAEAと世界保健機構WHOの何十年もつづく関係を断ち切らなければならない。この2機関の専門家は依存しあっている。福島第一原発事故に関して最近調査結果を発表したが、この調査はIAEAとWHOの協働で実施された。市民の健康を最優先に考え、国際的な組織においても、独立性と透明性が求められる。国際放射能防護委員会(ICRP)についても同様だ。日本で議論になった20ミリシーベルトは、ICRPの基準を採用している。この数値を推薦したICRPのメンバーのなかにはフランス人のロシャール氏がいる。彼は、CEPN(放射線影響研究所)(注11)という名の組織の理事長だ。この団体の主なメンバーは、IRSN、CEA(原子力エネルギー庁)、EDF(フランス電力公社)、アレバである。国際放射能防護委員会のメンバーの任命方法、専門家にも、透明性と市民権をさらに高め、市民の利益を守る代表者が任命されるべきだ。公衆衛生管理の規制を改訂するには、市民のより活発な行動が必要になる。

学校での教育や、市民に向けたあらゆる教育も関係している。間違った教育をさせようとしているからだ。フランスも日本も、原子力企業は非常に強力で、広告代理店を大いに利用する。アレバの場合、数年前から「原子力はきれいで、完璧」と説明するコマーシャルを頻繁にテレビで流している。市民は、原子力の巨大グループの資本力だけでなく、メディアの威力にも立ち向かわなければならない。

最後に、最も重要なカギを握るのは、市民である。市民が積極的に学び、適確な教育を受ける。そして、放射能防護のための規制や法律の制定といったあらゆるレベルのプロセスに、市民がかかわっていく。これが、防護レベルを上げていく本質的な方法である。

(1) 1986年、チェルノブイリ事故後に創設されたNGO。放射線に関するモニタリング調査、分析、情報提供を行う独立研究所。会員は7000人。
(2) Loi n°2006-686 du 13 juin 2006 relative à la transparence et à la sécurité en matière nucléaire
(3) 2006年に「原子力安全・情報開示法」の制定をうけて設置された独立行政機関。産業省、環境省、国防省、労働省、教育研究技術省の管理下にある。その使命は、原子力の安全性および放射線防護に関する管理・監督、公衆への情報提供。原子力分野の有識者5人からなり、3人は大統領から任命され、そのうち1人が局長になる。残り2人は、下院および元老院の議長からそれぞれ任命される。任期は6年。政府資金は年間7500万ユーロ。http://www.asn.fr/
(4) 2002年、原子力に関する研究、放射線防護教育、放射線モニタリング、原子力情報の公開、原子力と放射線利用に関する技術支援、非常時支援などの目的で創設。5省(産業省、環境省、教育研究技術省、厚生省、国防省)の管理下にある。原子力の安全、放射線防護、核物質管理、医学、農学、獣医学などの専門家、技術者、研究者が約1700人雇用されている。http://www.irsn.fr/FR/Pages/Home.aspx
(5) ロワール県ボワ・ノワール鉱山のサン=プリエスト=ラ=プリューニュ、オート=ヴィエンヌ県ラ・クルジーユ、ソーヌ=エ=ロワール県グーニョン、カンタル県サン=ピエールダンなどのウラン鉱山周辺地区を調査したところ、水、土地、空気の放射能汚染が発覚。鉱山事業者による放射性廃棄物の管理の杜撰さが明るみに出た。http://www.criirad.org/actualites/dossier_09/communique.pdf
(6) 「ウラン、汚染されたフランスのスキャンダル」”Uranium, le Scandale de la France Contaminé”
(7) 持続可能開発省: http://www.developpement-durable.gouv.fr/IMG/pdf/2009-132_circulaire_gestion_des_anciennes_mines_d_U.pdf
(8) 1981年に、原子力施設立地地域に設置された。公衆への情報周知、施設の監視、事業者と自治体および政府との情報共有をはかるのが目的。2006年にその機能が強化された。委員会のメンバーは、県議会議員、市町村議会議員、県選出の国会議員のほか、環境保護団体、経済団体、労働組合、医師や専門家の代表者など。
(9) 放射性廃棄物を管理する機関として、1979年にCEA(原子力エネルギー庁)の傘下の独立組織として設立。1991年12月の放射性廃棄物法制定時に、産業省、環境省、教育研究技術省の監督下の公営企業として改組された。
(10) 1999年、市民団体「リムーザンの水源と河川」が、「水の汚染、放射性物質の投棄、生活を危険にさらした」として、コジェマ(現アレバ)を提訴した。2006年の判決でアレバは無罪に。原告の敗訴ではあったが、ウラン鉱山の汚染を訴えた初の裁判は、フランス国内でこの問題を議論するきっかけとなった。
(11) 1976年、放射能の危険から防護するための評価を行う目的で創設された、非営利団体。CEPN(放射線影響研究所)

 

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