界隈の価値に注目したパリの都市計画と商店街 1/3

『専門店』2010年9月に掲載された記事です。

人間らしく生活できる街づくり

今年六月、三年ぶりにパリを訪れた。滞在中、二つの街路、モントルグイユ通りとムフタール通りを歩いてみた。これらの界隈は、その地域の特質を生かした都市計画が実施されたエリアである。

「界隈の土地占用計画」(以下、「界隈計画」)は、「界隈」の価値や魅力を尊重し、保全・活用する都市計画である。

パリでこの方法が打ち出されたのは、一九九〇年代に入ってからのことで、筆者がパリに暮らしていた時期と一致する。しかし、こうした都市計画が進行中だったとは全く知らなかった。

そこで、あらためてこれらのエリアを確認してみようと思ったのだ。今回二つの街路を歩き、二〇年前の印象と大きく変わったことに驚いた。生活者ではないので、細かな問題点はわからないが、その界隈が元気づいているのが明らかに見てとれたのだ。

都市計画で魅力アップ 界隈のビフォー・アフター

パリ二区に位置するモントルグイユ通りは、大型商業施設フォロム・レアールの北に伸びる細い路だ。フォロム・レアールの場所には、七〇年代まで中央市場が建ち、この界隈はパリの下町として知られている。

最初にこの通りを歩いたのはいつごろだっただろう。九〇年代、食料市場でにぎわう通りという以外、庶民的な街路の記憶しか残っていない。一九九六年にモントルグイユ通りのイタリア料理レストランを取材したとき、かわいらしい外観と内装が意外に感じたぐらいだった。

しかし、モントルグイユ通りは、健康的で陽気な雰囲気に包まれ、イメージは一変していた。特に目立ったのが、「ビオ」の表示や看板だ。いわゆる自然食品や有機食品を扱うショップが数軒並び、通りに面したカフェのテラスは、歓談する若者たちであふれていた。

モントルグイユ通りは、まさに「ビオ」に敏感そうな若者たちのトレンディな界隈に変貌していたのである。

ムフタール通りは、パリ五区の学生街カルティエ・ラタンにある人気の通りだ。デカルトなどフランスの偉人が眠るパンテオンやパリ大学ソルボンヌに近く、観光名所としても知られている。

初めてこの通りを歩いたのは、一九九一年の夏だったと思う。当時、ギリシャ料理レストランが比較的多く、観光客向けの低価格のレストランや土産屋が軒を連ねていた。

一九九四年から二年ほどこの近くに住み、ムフタール通りに出る食料市場で買い物をしたり、周辺の散策を楽しんだ。その後も、パリを訪れるたびに、ムフタール通りをのぞいている。

観光客目当てのショップは、最初の頃よりも明らかに減った。逆に、パン屋、チーズ専門店、チョコレート屋などの食料品店、洋服やアクセサリー、雑貨などのブティックと、小さいが個性的な店が街路を彩っている。

地元の買い物客が行き交うムフタール通りは、パリ気分を満喫するにはとっておきのエリアだ。

国家制度で保全される フランスの歴史的景観

パリが取り組んでいる「界隈計画」の最大の特徴は、居住・商業および産業・オフィスといったさまざまな要素を混合し、人が人らしく生きることのできる街づくりにある。パリは、この「界隈計画」にいたるまでに、乱開発の横行やシャッター街化などの負の経験も積んでいる。

「界隈計画」は、どのように誕生し、どのように具現化されたのか。その前に、パリの都市計画の変遷を概観しておきたい。

フランスの景観は、厳しい規制の下、保全されている。フランスの美観整備の歴史は、アンリ四世の一五世紀にさかのぼるという。この時代以降、規制による美観整備がつづいている。

近代都市計画として有名なのは、ジョルジュ・オスマンのパリ大改造だ。一九世紀半ば、ナポレオン三世の命により、この事業が実施された。現在のパリの原型は、オスマン期に造られたといっていい。

日本に重要文化財などの指定があるように、フランスにも、歴史的環境を保全するための国家的制度が存在する。一九一三年に制定された歴史的記念物保護法、一九六二年のマルロー法(保全地区制度)などだ。

パリには数多くの指定・登録歴史的建造物があり、ほぼ全市域がその規制領域に入っている。ただ、これらは国家の保護に値する建物を対象にしているため、身近な建物や界隈の保全にあまり効力がない。

国家レベルでお墨付きをつけられるほどではなくても、市民が存続を願う建物や界隈はある。そうした日常の景観を保全するのが、自治体レベルで策定する都市計画だ。

パリの都市計画と商店街 乱開発から伝統重視へ 2/3
1950年代後半~70年代のパリは建設ラッシュに沸いた。多くの古い建物が破壊され、大団地に取って代わられたのだ。まさに日本の団地ブームと時期が重なる。60年代に入り、専門家たちが都市計画の再考をはじめる。伝統的価値を尊重する概念に立ち戻った。
パリの都市計画と商店街 街づくりも住民参加で 3/3
パリでは、1991年からの10年間で7の「界隈計画」が市議会で承認され、実施された。モントルグイユ/サン・ドゥニ界隈計画では、居住者の流出を防ぐために2階以上にオフィスや事業所などの新規開業を禁じ、駐車場の新設を認めず、上下可動式の車止めを設置。

パリの市場事情から日本の「市場」を考える 1/2
パリの市場事情から日本の市場を考える 2/2
若者への優遇措置でフランスの商店街に活気を
フランスでは住民参加で商店街に活気を

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