リュ89(Rue89)の発行人ピエール・アスキ氏のインタビュー(2010年11月)
リュ89は、2007年5月開設のネットマガジン。2010年6月より月刊誌を発行。
26年間働いたリベラシオンを2007年に辞め、同僚たち4人でリュ89を創設しました。実験的に新しいことを開発する場合、新聞のような大グループとは一緒にできないと判断しました。大グループは保守的すぎます。
リュ89は、ジャーナリストとジャーナリストではない人の情報で構成する参加型のメディアです。まずジャーナリストが調査や検証を行い、一般の人たちがそれを発展させ持続させ、異なった視点で意見を追加していきます。ただし、韓国のオーマイニュースのような市民ジャーナリズムではありません。情報を検証したりするプロのジャーナリストは必要だと考えているからです。
私たち4人のジャーナリストは、リベラシオン電子版にブログを開設していたという共通点がありました。私は5年間の北京特派員時代に、他の同僚はアメリカやパリなどでブログを書いていました。こうした経験を通し、双方向メディアの持つ力に気づき、伝統的なメディアの使われ方は良くない、と考えるようになったのです。新聞では読者は抽象的存在ですが、ネットでは具体的で、読者の立場が変わります。私たちは、ネットメディアを開設し、ジャーナリストと読者の新しい関係を構築することを考えはじめました。
リベラシオンやルモンドなどの新聞では、読者は抽象的存在でしかありません。しかし、ネットメディアの読者は具体的存在です。書いた記事にコメントが投稿され、他の人がそれを読み、考えや批判、追加したいこと、さらに新しい情報を書き込みます。私たちのサイトには、それぞれの記事に100ものコメントが書き込まれます。こうすることですべてが変化していきます。インターネット革命は、技術や経済の変化ではなく、読者の立場を変えた点にあります。誰もが表現者になりうるのです。
ネットメディアでは、ジャーナリストと読者の関係が水平です。日本のことは知りませんが、フランスやアメリカ、イギリスでは、市民は全くジャーナリストを信用していません。ジャーナリストは信用に値しない仕事になってしまいました。ネットメディアでは、信用関係を見出すことができます。なぜなら、ジャーナリストが読者と同じ位置にいるからです。新聞において、ジャーナリストと読者は縦の関係です。ジャーナリストは、国を動かす経済界や政界のエリートの一員になってしまい、国民とは断絶している。20年ほど前からこう言われています。ジャーナリストと読者が水平の関係であるネットメディアでは、読者を疎外することはありません。
開設から3年半で大躍進し、フランスで一番のネットメディアに成長しました。サイトの訪問者(シングルビジター)は月170万にのぼります。
現在、3つのプロジェクトを同時に進行しています。ひとつは、新しいプラットフォームの開発で、4月にサイトを全面的に刷新しました。2つめが、携帯サイトの充実化です。フランスではネットアクセス可能の携帯保有率が85%です。来年、ipodやiphone向けの携帯サイトを大規模に開始します。
3つめが雑誌の発行です。今年6月に月刊誌を創刊しました。これはリバースパブリシングで、大部分の記事はサイトから転載し、新しい記事は5%ほどです。リュ89の場合、あくまでもサイトが中心で、雑誌は補完的なのですが、そのわりにはまずまずの売れ行きです。
リュ89ではあらゆるテーマを取り上げていますが、特に、政治問題の比重が大きいです。フランスはとても政治への関心が高い国ですから。それから、人権、健康、教育といった社会問題も重要なテーマです。重点を置いているのは政治と社会問題の2つで、その他、国際問題、経済なども取り上げています。
ネットメディアは経済的なモデルがなく、十分に発達しているとはいえません。しかし、私たちはネットメディア経済に適するようゼロから作り上げていき、それが良かったのだと思います。小規模でフレキシブル、少人数で事務所も狭い。資本の80%は、創設者の友人たちで出資し、残りの20%は外部からの出資です。
リュ89の運営は楽ではありませんが、今の状態でいけば、2010年は赤字ですが、2011年には黒字になる予定です。来年の携帯サイトの充実により、財政的に安定すると考えています。創設以来赤字つづきでしたが、やっと抜け出すことができそうです。独立を保つには経済的バランスが必要です。来年はますます発展し、すばらしい年になるでしょう。
リュ89の収入の6割は広告です。基本的には、映画、展覧会やコンサート、書籍などの文化関係の広告が主流です。映画の広告は毎週入ります。次に多いのが旅行の広告です。幸いこのサイトへの関心は高く、毎年さまざまな業種の100社ぐらいから広告がとれます。どの広告も7%を超えていないため、圧力にはなりません。
残りの40%はサービスによる収入です。ひとつはネット・ジャーナリストの育成事業で、いくつかの新聞と契約を結んでいます。それから、サイト制作事業で、サイト制作技術を教えたり、スタッフの育成、NGO/NPOなどのサイト開発を行っています。
常駐スタッフは現在20人ですが、12月には24人に増加します。フランスでは、労働組合でジャーナリストの最低賃金が存在し、リュ89もそれを基準にしています。ですから、スタッフの給料は他のメディアと同レベルです。
スタッフのうち2人は、ジャーナリズム学校を卒業後、ここに就職しました。他のメディアで一度も働いたことがない、ネットメディアしか知らない新しい世代のジャーナリストの存在は、とても興味深いところです。彼らはウェブ文化への順応が早いですね。私たちは変化を学ぶのに苦労しますが、若い世代にとってネットは自然なのです。
ここで働く他のジャーナリストは、少なくとも数年、別のメディアで働いていた経験を持っています。フランスでジャーナリストになるには、学校に行くか、もしくは、記事を提案する方法があり、これといった規則はありません。免状や資格は必要なく、誰でもジャーナリストになることができます。ただ、多くはジャーナリズムの学校を卒業しています。リュ89のスタッフも全員、フランスのジャーナリズム学校を出ています。
ネットメディアをやるには、新聞社では大きすぎます。新聞は経営が厳しく、その上、ネットに参入すれば、すべてを失いかねません。新聞の広告収入はこの10年で大きく減少し、2008年の経済危機でさらに大きな打撃を受けました。今は少し回復しましたが、以前のレベルには達していません。広告が減った新聞各紙は深刻な状況です。フランスのすべての新聞が損失を出しています。
しかし、最大の問題は、フランスの新聞が大グループの傘下に入り、メディアとは無縁の人たちに牛耳られていることにあります。しかも、これらのグループは、サルコジ大統領と親しい関係なのです。フランスのこうした状況は、ヨーロッパのなかでも独特です。イギリス、ドイツ、スペインはメディアグループの傘下にありますが、フランスのメディアは独立性を失ってしまいました。
リベラシオンを辞めたことは全く後悔していません。新しいものを創るほうがずっと面白い。ここは組織が小さいので、やりたいことがあればすぐにできます。リベラシオンのような大きな組織は、ものごとを変えるのはとても難しい。
リュ89も、3年という若い会社で、資金不足といった困難はあるのですが、より多くの可能性に満ち、新しいものを創造して前進していくことができます。
(2015年5月20日)