イラクの生活は日々悪化している 女医2人が窮状を訴え

『日刊ベリタ』2006年10月2日に掲載された記事です。

日本で研修中の女医2人が窮状訴える

「イラク戦争の後、事態は悪化するばかり。安全に暮らせる社会ではなくなっている」――。市民団体「セイブイラクチルドレン札幌」の招きで日本に研修を訪れている二人のイラク人女医(小児科)が、故国の窮状をこう表現した。イラクでは、水や電気の不備や医療施設の崩壊、医薬品の不足により、5歳以下の子どもの死亡率が1割強に及ぶ。危険と隣り合わせの生活は、子どもはもちろん、大人を抑うつ状態に追い詰めているという。混乱が続くイラクの現状についてインタビューした。

二人はアンサム・サリさんとガフラン・サバさん。二人の出身地バスラは、イラク南部に位置するバグダッドに次ぐ都市で、海に面した街だ。二人は地元の医科大学を1995年に卒業し、バスラ母子病院で小児科医として勤務している。

イラクから医師を招聘したり、医療機器を送る活動をしている市民団体「セイブイラクチルドレン札幌」の招きで9月11日から札幌市内の病院で臨床研修中だ。

イラク女性が半年も海外に暮らすのは異例のことで、彼女たちにとってはまさに幸運な抜擢だったという。

「このビッグチャンスに多くのことを修得して、祖国の子どもたちの治療に生かしたい」と抱負を胸にする。

イラクではイラン・イラク戦争および1991年の湾岸戦争でインフラが破壊され、その後の経済制裁によりイラク社会は一気に荒廃した。2003年のイラク戦争はこれに追い討ちをかけた。

病院や学校といった施設は壊滅状態となり、水や電気の供給もままならなくなった。医療器具や医薬品が不足し、適正な治療をほどこすことができなくなった。

学校へ行かずに働く子どもは増加し、識字率も低下した。医療事情はますます悪化し、安全な社会は完全に崩壊した。人々は恐怖と不安のなかでの暮らしを余儀なくされ、多くの国民が希望を失っている。抑うつ症状に陥る人も増えているそうだ。

こうした社会の最たる被害者が子どもたちである。子供の死亡率は高く、5歳までに13%は命を落しているという。マラリア、コレラ、麻疹、小児ガンなどが主な死因だ。また、人口の39%が慢性的な栄養不良だといわれ、妊娠中の栄養不良も深刻で、新生児の死亡率は10~15%にも及ぶ。

以下一問一答

―今のイラクで、何が最も必要ですか?

アンサム医師(以下A)「イラクでは何もかも不足しています。医療現場では、優秀な医師の育成、最新の設備など、全面的な医療システムの改革が求められています。医療関係者や看護婦だけでなく、医師も多くのトレーニングを積むべきです。最新技術を学ぶために、医療先進国と密接な関係を築かなければなりません。私たちは理論的な医療知識を持っていますが、臨床経験が少ないのです」

ガフラン医師(以下G)「医師の数も減少しています」

A「多くの医師が国外へ脱出しています。国外に出ざるをえないといった状況です」

G「物質的な面では水と電気の供給ですね。病院でさえ、水や電気を満足に使うことができません。生活を営むうえで最低限必要な水と電気の問題を、早急に解決すべきです」

A「水道水は汚染されていて、飲むことはできないのです」

G「洗濯には使えても、飲み水にはなりません」

―イラク戦争の影響が大きいですか?

A「それだけでなく、過去の2つの戦争、そして1991年の経済制裁が影響しています。それ以降、事態は悪化するばかりです」

G「イラクはますます悲惨な状態になっています」

A「2003年のイラク戦争開始から現在に至るまで、イラクでは何も再建されていません。外部では好転したといっていますが、私たちの生活がどう変わったというのでしょう。イラク国民の生活はすさむ一方です」

G「それどころか、安心して暮らせる社会が完全に崩壊しました。どの国においても最優先されるべき安全が失われてしまったのです」

A「イラク戦争は、治安の悪化というオマケをつきつけただけです」

G「イラクの生活がどれほどひどいものか、言葉で表現することはできません。たとえば、電気は3時間使用可能で、次の3時間は停電になり、1日のうちにオンとオフが繰り返されます。停電が3時間以上になることもたびたびです」

「一般家庭には10アンペアのブレーカーが設置されていますが、たびたびの停電で故障しやすく、頻繁に手入れが必要で、ときには修理をしなければなりません。水道水を使用するために、私の家族は毎朝3時に起きて給水ポンプのスイッチを入れます」

「毎日朝早くからこうした手間がかかる生活は、普通とはいえないでしょう。さらに、一歩家の外に出ると、突然爆発する恐れがあり、安心して過ごすことができません。街中危険に満ちています」

A「どこで爆発するのか、全く予想は不可能です。爆弾を避ける方法はありません。私たちは偶然生き残っているのです。通り過ぎたすぐ後に爆発することもめずらしくないのですから。私が歩いた10分後に爆発したこともありました。誰もがケガをする可能性があるのです」

G「私たちは非常に緊迫した毎日を送っています。リスクが大きすぎます」

A「地域によって多少違いはありますが、イラク国内はどこも似たような環境です。バグダッドはより被害を受けている都市です」

G「大人たちの生活がこうですから、子どもたちはどれだけ怯えた暮らしをしているか想像できるでしょう」

A「普通の生活ができないのです。子どもたちを外で遊ばせるなど、到底無理です」

G「学校へは、家族が送り迎えをしています」

A「わが子の身を案じて、子どもを学校へ行かせたがらない家族もいます」

―子どもが最大の犠牲者ですね。

G「特に5歳以下の子どもが犠牲になっています。子どもの病気が増えていても、医薬品が足りません」

A「劣化ウランによる小児ガンも増加していますが、十分な治療ができないのが現状です。数カ月にわたる治療に必要な分の医薬品が手に入らず、途中で治療を断念せざるをえないことも多いですね。もうひとつの問題点は、イラクで放射線治療が受けられないことです。放射線治療をしているのは、北部の都市モスルの放射線治療センターだけです。子どもたちを治療に連れて行くには遠すぎます」

G「イランの小児ガンの多くが白血病です。残念ながら、この病気を防ぐことはできません。国中いたるところ、劣化ウラン弾から漏れ出した放射線で汚染されていますから。適切な治療をすれば、白血病患者の80%は治癒すると言われています。でも、イラクでは80%が死亡しているのです」

―復興の見通しは?

G「イラクはもはや立ち直らないのではないかと悲観してしまうこともあります」

A「希望はあると思いたいのですが、イラクが復興するまでにはかなり時間がかかるでしょう。そのぐらいしか今は言えません。正常化するまでに少なくとも5~10年かかるといわれていますが、わかりません。いずれにしても、長い年月が必要です」

G「何の確証もありません」

A「これまで経験した3回の戦争のうち、今回のイラク戦争が最もひどく、イラクの人々に大打撃を与えました。私たちはアメリカ人を憎んではいませんが、軍事介入をしてもいいと言った覚えはありません。他の国に侵略するなど、21世紀のこの時代にしてはいけないことだと思います。侵略行為は過去の話であり、歴史を戻してしまったのです」

―最近のイラク情勢はどうですか?

A「イラクのニュースが少ないので、何が起きているかはよくわかりません。日本はどのチャンネルも国内ニュースばかりですね。日本のことにしか関心がないように感じるときもあります」

G「インターネットでイラクのニュースを読みますが、情報はわずかですね」

A「最近のニュースとしては、ローマ法王の発言についてインターネットで知りました。ムハンマド(預言者)に対する解釈はなかなか難しいのでしょうね。ただ、ローマ法王はきちんと謝罪したので、悪気はなかったはずです。西欧社会はイスラム世界を理解していないというより、受け入れる気持ちが欠けるのではないでしょうか」

―平和な日本にいると、イラクの惨状が伝わりにくいかもしれません。

A「でも、日本は広島や長崎で原爆の被害にあっています。現在のイラクは当時の状況と似ているのではないでしょうか。日本人ならイラクの惨状をわかってくれると信じています」

「政府レベルはともかく、日本は多くの団体がさまざまな角度からイラクを助け、償ってくれています。イラクの状況を良くしようと努力してくれている日本人がたくさんいます」

「医療器具や医薬品を提供してくれる団体もあり、本当に感謝しています。たとえ小さな援助であっても、少しずつイラクを変えているはずです。現在のイラクはどんな助けでも必要で、ほんのささいな支援でも大変うれしいのです」

 

イラクでは普通の生活ができないの……と話すイラク人
2006年秋から半年の間、バスラの小児科医2人が札幌の病院で研修を行いました。彼女たちは10歳のときから、爆弾や銃撃に脅かされてきた。札幌に来て一番感動したのは、自由に歩けること。「こうして静かにお茶を飲むことができるなんて、信じられない」と。
札幌に6ヶ月滞在したイラク人女性との女子会おしゃべり
戦争を抜きにしたイラク、イラク人の暮らしや文化について、日本人はほとんど何も知らない。“普通”の生活が、戦争や経済制裁で奪われてしまったという事実に心が痛む。イラク女性医師2人との、映画、食べ物、ファッション、結婚観など女子会おしゃべり。
札幌に滞在したイラク人小児科医と映画のおしゃべり
2006年9月から半年、札幌に滞在したイラク人小児科医との会話。札幌の書店の海外雑誌コーナーで、彼女はひょいと映画雑誌を取り上げ、「この人好きなの」と言う。表紙を飾っていたのは、ジョージ・クルーニー。米国俳優を「好き」と言ったことに驚いた。

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