アイヌ民族の手仕事を伝える島崎直美さんインタビュー

『ビッグイシュー日本版』101号2008年8月15日に掲載された記事です。

手仕事の決意、若者や他の民族の人々にも伝える
― 島崎 直美さん

歌や踊り、刺繍、料理…。アイヌ女性の手による特筆すべき素晴らしい文化は、その昔、家庭内で受け継がれていた。しかし長い期間、アイヌ民族は自分たちの文化を奪われ、継承の中断を余儀なくされてきたのである。

「本来は、家庭の中で、祖母から母親へ、母から娘へ、娘から孫へ、と引き継がれることでしょ」と語る島崎直美さんもまた、アイヌ民族でありながら、女性の手仕事に出会ってから20数年しかたっていない。

「27歳のときでした。ウバユリからでんぷんを取ったのですが、その植物がどんなものか、どこに生息しているのか、全く知らなくて……。子どもの頃からの習慣ならまだしも、初めてだったんですよね、アイヌ文化に触れたのが。最初は興味がなくてね」と当時を思い出しながら、島崎さんは笑う。

「アイヌの手仕事は手間隙かかるんですよ。お金で何でも手に入る便利な時代に、どうしてこんなことをするんだろうって正直思いましたね」

“アイヌ文化のすばらしさ”に気づくまで少し時間がかかったという島崎さん。転機は、娘の誕生とともにやってきた。
「誰かのためではなく、わが子に伝えよう。だからしっかり習おう。そのときは、考え方が変わっていて、アイヌ文化が魅力的に見えました」

島崎さんの人生において重要な出来事は「17歳のアイヌ宣言」であり、2番目がこの「手仕事の決意」だったという。

「アイヌについて何も知らずに過ごし、今の時世にあわない文化だと粗末にしてきた自分がいたのは確かです。幼いときから目にしていたら、何の苦労もなくできたはず。どうしてこの年になって手仕事をわざわざ覚えるんだろう、という気持ちが強くなりました」

昔の女性たちが身につけていた技を家庭内教育の中で広めていく。それが、アイヌの女性として生きるためには大切。島崎さんはそう考えるようになったそうだ。

「たとえ古いといわれても、女性たちが守ってきた最低限の文化を、若い世代に伝えていかなければならない。得意でもない手仕事を習った理由は、次の世代がアイヌ民族として生きやすくなるように、との願いからです」

島崎さんの姿を見て育った娘さんは、自然に針を持って刺繍をはじめたという。他人から教えてもらうのではなく、母親から子どもに伝えていく。アイヌの手仕事を身につけている年配女性が年を追うごとに減少している昨今、島崎さん世代の役割は大きい。

「若者の未来は私たちの手の中にもあるんですよ。日本政府がまず取り組むべき問題は、教育についてですね。民族教育は必要ですし、ぜひ導入してほしいです。私たちアイヌの歴史を取り戻すためにも。これから育つ子どもたちには、アイヌ民族の歴史をきちんと教えるべきです。教育が変われば、思想も変化していくはずです」

アイヌ民族の歴史は、北海道でさえ、学校教育で取り上げられなかった。7割がアイヌ民族という地域で育った島崎さんは差別の経験もほとんどなく、“先住民族”の意識が乏しかったそうだ。

「親がよく『アイヌはすばらしい民族だ』と言っていましたが、ピンとこなくて、『別に』という感じでしたね。でも、勉強するうちに、違う文化を持っていることを誇りに思えてきました。結婚差別といった問題がなくなり、アイヌ女性として自信を持って生きることができる社会にしたいですね」

 

研究目的で盗掘されたアイヌ遺骨の返還を求めて訴訟
研究者らが無断で掘り出したアイヌ民族の遺骨をめぐり、返還を求める訴訟が起きた。大学などに保管されている遺骨を、北海道・白老の象徴空間に集約するという政策に異議を唱える。『The Japan Times』 2018年7月26日に掲載された記事。

世界の先住民族 マオリ族のリアナ・プートゥー弁護士
世界の先住民族 リーダーを育てるコマンチェ民族の女性

差別問題に関する記事一覧

植民地問題に関する記事一覧

タイトルとURLをコピーしました