「明日、ママがいない」変更すべきは社会的養護の意識

虐待された子どもたちが施設でたくましく生きる姿に心打たれるだけでいいの?

子どもたちが本当に必要としているのは、傷つけないことではなく、充実した社会的養護。

普及が遅れる里親養護に悪影響も

「里親のお試し期間の場面、子どものほうから断るなどありえないし、現実とは違いますよね」

日本テレビ系のドラマ「明日、ママがいない」を観て、Aさんはそう感じたという。Aさんは7年前に里親になり、現在は2人の里子を養育中だ。

このドラマでは、第3話までのところ、里親がネガティブに描かれている。それでなくても、日本では里親や養子縁組に対してマイナスイメージがつきまとう。ドラマによって、里親への偏見が助長されるのではないかと心配するのは、Aさんだけではない 。

里親とは、要保護児童を家庭的な環境で育てる制度。児童が実の家庭で養育できない場合、国や地方自治体などが要保護児童を養育することを“社会的養護”というが、この言葉が公的に使われだしたのは2003年からで、日本にはまだなじみが薄い。

社会的養護には、家庭的養護と施設養護の2つに分けられる。家庭的養護の中心的役割を担うのが里親制度だ。

家庭的養護は、子どもに一般的な家庭環境を与え、特定の大人と安定した人間関係や信頼関係を築くことができる。虐待を受けた児童のケアには特に、「温かい家庭」が必要だ。

児童虐待はここ20年50倍超にも膨れあがり、児童養護施設で暮らす子どもの半分以上が被虐待児だ。入所する子どもの数は年々増加し、施設はほぼ満杯状態。施設職員の人員は不足し、専門的なケアを必要とする子どもたちに目が届かない現実がある。

にもかかわらず、日本では要保護児童の約9割が施設に入所し、里親委託児童の割合は12%と、他諸国に比べて極端に低い。

「海外では、養護施設より里親に委託される子どものほうが圧倒的に多いのに、日本ではその逆なんです」

Aさんが昨年出席したFICO(国際フォスターケア機構)大阪世界大会でも、海外の里親関係者から「日本の施設養護への偏り」を指摘されたという。

厚生労働省がHP上で公開している社会的養護の資料によると、児童養護施設の入所児童数は29,399人(13年10月現在)、里親への委託児童数は4,966人(12年度末)。

一方、イギリスやアメリカは70代、フランスは54.9%、オーストラリアは93.5%が里親委託。香港は79.8%、韓国は43.6%で、アジアの国と比較しても日本は低い割合だ。

日本で里親養護が広まらないのには、「里親養護に対するスティグマが関係している」と森口千晶教授(一橋大学)は書いている。実際、里親によって子どもが再び虐待される事例もあり、児童相談所の職員は、プロがいて規則正しい生活を送れる施設にあずけたほうが安心だと考えがちだという。預ける側(実親)も、「里親に子どもが奪われる」と、施設を望む人が多い。

里親への信頼度が低いのには、日本の里親制度の不備にあるともいえる。里親になる前の研修や子育て中のケアがほとんどなく、児童相談所では、子どもひとりに対してひとりのケースワーカーが担当するが、里親の面倒をみるわけではない。

「里親に対する専門家のケアがないので、自分たちで『この子には何が必要か』を考えて子育てしなければならないんです。里親にケースワーカーがつかない日本の制度に、海外の専門家は批判的です。そうした状況なので、なかには、里親になってから放棄する人もいます」とAさん。

日本の里親制度は、里親のボランティア精神に頼り、社会的養護としての位置づけが薄かった。里親の専門機関がなく、研修や支援がなされず、子どもの権利についての意識も低い。イギリス、ドイツ、フランスなどの家族政策関連支出の予算は、GDPの2~3%だが、日本の0.75%(03年)にとどまっている。

要保護児童のおかれた状況がますます深刻化する昨今、政府はやっと重い腰を上げ、社会的養護体制を充実させるための検討がはじまった。2007年2月に厚生労働省は「社会養護体制に関する構想検討会」を設置。検討会の報告書では、より多くの社会的資源を投入するなど、社会的養護体制の拡充の必要性が指摘されている。

社会的養護体制強化の方向性として「里親委託の推進による家庭的養護の拡充」が示され、2010年1月に閣議決定した「子ども・子育てビジョン」では、里親委託率を来年度までに16%に引き上げる目標を掲げた。さらに、5年前には、里親に支給される手当を引き上げ、研修も充実させた。これらの成果もあってか、里親委託はここ10年間で2倍以上に増えている。

こうした里親養護の見直しがなされているさなかに、「ママ、明日がいない」が放映された。ドラマが、里親養護の拡大に水を差すのではないかと懸念するのも無理はない。

不妊治療から里親へつながらないワケ

「不妊治療と里親養護がつながっていないんです。晩婚化が進み、里親制度を活用したい人も増えると思うのですが…」 不妊治療の末、実子を断念して里親養護に踏み切ったAさんはそう話す。

日本で里親養護が浸透しない理由のひとつは、「血縁関係にある子どもに対する特別な感情」と森口千晶教授(一橋大学)は分析しているが、それ以外にも、不妊治療の医療機関と児童相談所の連携体制に問題があるようだ。

国内の不妊治療患者は46万人超(厚生労働省06年)というが、治療できずにいる不妊当事者数を含めると、これをかなり上回ると予想されている。

日本の生殖医療技術は世界水準を誇り、医療施設の対人口比は海外と比較して高い。それでも、最先端の高度生殖医療にも限界はあり、不妊をすべて解決できないのが現実だ。生殖医療で不妊問題の解決にいたる家族は、半数にも満たないという。

それでいて、生殖医療専門施設では、不妊治療が不成功に終わったときの対応や、治療以外の選択肢を助言する体制は整っていない。

不妊治療をあきらめ、里親を希望する人は、児童相談所を訪ねることになる。しかし、児童相談所側としては、不妊カップルへの里親委託には消極的になりがちだ。その大きな理由は、不妊カップルの年齢が高いこと。不妊治療は長期にわたることもあるからだ。

相談所では、子どもが20歳になったときの両親の年齢を考えてマッチングするため、年齢が高いカップルには、年長の子どもを紹介することになる。「もっと早く来てくれれば…」といったケースも多いそうだ。

また、不妊に悩む女性のなかには、子どもを産めない悲しみや苦悩から、感情のコントロールが難しい人もいる。治療に行き詰った末に里親を決断する人は気持ちの整理がついておらず、子どもを預けるのが心配になるという。

こうした相談員の態度は、不妊当事者にしてみれば、「冷たくあしらわれた」と映り、「児童相談所へ二度と行きたくない」という絶望感を与えることになる。

問題は不妊当事者側だけでなく、児童福祉関係者にも存在する。児童福祉関係者のなかには、不妊に関する知識がなく、もしくは間違った理解をしている人もいるのだ。

新生児も乳児院ではなく里親へ

ドラマで芦田愛菜が演じる女の子は、「赤ちゃんポスト」に預けられていたため、「ポスト」というあだ名を持つ。現在、日本で「赤ちゃんポスト」を設置しているのは、熊本市の慈恵病院だけだ。

「慈恵病院は、出産前の相談にも力を入れ、日本でも数少ない新生児委託を行っています。スタッフが熱心なのを知っているので、ドラマに抗議する気持ちはわかります」とAさんは言い、こう続けた。「虐待で死亡した子どもは、0歳児が一番多いんですよ」

厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」第8次報告書によると、2010年4月から2011年3月までに虐待で死亡した子どもは、心中以外で98人。そのうち、0歳児は23人と最も多い。日齢0日の死亡が9人、月齢0か月が3人で、10代の妊婦が5例だった。

また、日本の人工妊娠中絶件数は20万件を超え、1割は20歳未満である(2009年)。  これらはまさに、「予期せぬ妊娠、望まない妊娠」による悲劇であり、そうした悩みを抱える女性たちの相談体制が必要とされていることを示している。

こうした女性たちの相談を実施していたのが、慈恵病院だった。この病院の「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」の支援活動をしてきた、愛知県の社会福祉士・矢満田篤二氏は、30年前から、妊婦中からの相談、出産直後の相談に応じ、新生児里親委託に積極的に取り組んできた。新生児委託とは、生まれた直後に子どもを養親候補者家庭に里子として委託し、将来は特別養子縁組をする制度をいう。

矢満田氏は児童相談所に勤務していた1982年に新生児里子委託に着手し、160人ものの新生児が養子縁組したという。新生児里親委託にこだわるのは、「赤ちゃんを安易に乳児院へ措置してはいけない」との思いからだ。

乳児院で必要とされるケアが提供されない場合、愛着形成に問題が生じ、将来の情緒・行動上に影響する可能性が高いといわれている。乳児院といえども、現在は年齢制限がないので、新生児から最大6歳までが入所している。そのため、乳幼児への手厚いケアができない状況になっているといわれる。

ところが、2013年9月に日本財団が発表した調査結果では、児童相談所に保護された新生児のうち、9割近くが乳児院に入所し、里親に委託されるのは約1割にとどまっている。

Aさんは、上の子を4歳のときに、下の子は7か月で育てはじめた。子どもたちのなつき方は明らかに違うという。担当のスタッフが立ち代り入れ替わりだと、“愛着”のきずなが築けない。0歳児、特に3か月までのアタッチメントが大切なのだ。

「0歳児を里親ではなく、乳児院に入所させることが、子どもの権利を侵害していると思います」

(2014年4月14日)

子供への「節度ある体罰」に反対広がる英国
英国で、家庭内における体罰を禁止する法改正の動きが進んでいる。子どもの人権を考慮し、大人同様に子どもへの暴力も禁止すべきと、体罰を容認する英国の”悪しき”伝統も見直しを迫られるようになった。『日刊ベリタ』2006年9月8日に掲載された記事。
子どもの権利をめぐり討論「相談すらできない」と訴える
「札幌市子どもの権利条例」の制定を目指していた札幌市で2006年12月、子どもの意見を聞くパネルディスカッションが開催された。6人の中高生らの発言から、孤独な子どもの姿と、「子どもの権利」の理念が大人に浸透していない現実が浮かび上がった。
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