『日刊ベリタ』2006年9月8日に掲載された記事です。
国会議員の支持で法改正に前進
英国で、家庭内における一切の体罰を禁止する法改正の動きが進んでいる。子どもの人権に対する意識が世界中で高まる中、体罰を容認する英国の伝統も見直しを迫られるようになった。法改正運動に取り組んでいる英国の団体、「子供は叩かれるべきではない!同盟」(CAU)の活動を報告する。CAUは、子供に体罰をしてもいいという英国の「悪しき」伝統文化を改め、教育および子供の保護の基本の見直しを求めている。
“節度ある体罰”を認める法が英国で制定されたのは1860年。その後、学校内やソーシャルワーカーの体罰は2003年に禁止されたが、家庭内における“体罰”は容認されたままだ。国連の「子供の権利条約」が採択され、家族のあり方が変わった現代社会において、“節度ある体罰”は時代遅れともいえる。
ヨーロッパで家庭内の体罰を禁止している国は、2005年現在で46か国中16カ国。
CAU代表のウィリアム・ウッティング氏は、「国際レベルおよび欧州の警告を無視することはできない。長年の懸案である法改正を実現し、平等かつ人権尊重の基本的原理の保護に努めるべきだ」と語る。
“節度ある体罰”を容認する法をめぐっては1995年以降、国連や欧州評議会からたびたび人権侵害であると非難されてきた。
1998年、欧州人権裁判所は、英国で起きた養父による体罰事件を有罪とし、“節度ある体罰”を合法化している英国政府の責任にも言及。英国政府に対し、少年へ1万ポンド(約220万円)の損害賠償の支払いを命じた。
また社会権欧州委員会は2001年、英国を含む欧州評議会加盟国すべてに、子供へのあらゆる体罰を禁止するよう求めた。しかし英国保健省は、イングランドとウェールズでは、“節度ある体罰”を禁止する法改正の予定はないと発表した。
2002年には、国連の経済的、社会的、文化的権利委員会が、家庭内での体罰は国際人権法に違反するとして禁止するよう英国に勧告した。それに加え、子供の権利欧州委員会は、英国政府が提出した第2回報告書への回答として、“節度ある体罰”存続の意向に遺憾の意を表明し、家庭内体罰を防止する対策がとられていないことを批判した。
2004年、欧州評議会議会も体罰を合法化している国に改正を促した。翌年には、すべての加盟国と連携して、子供への体罰容認の法律廃止に向けてキャンペーンを実施することをと提案した。
こうした中、CAUの呼びかけもあり、英国国内での法改正への関心は年々高まっている。国内に400以上ある、ほとんどすべての子ども関係専門団体がCAUの活動を支えている。このほか、ヴァージン・グループのリチャード・ブランソン会長、「ブリジット・ジョーンズの日記」の著者ヘレン・フィールディングさん、映画「マイ・ビューティフル・ランドレッド」のステファン・フレアーズ監督らを含む多くの著名人も署名している。
国民の意見も明らかだ。世論調査(2004年2月から3月に2004人の成人にを対象)では、子供に対して家庭内でも大人と同様の保護を与える法に改正することに71%が賛成し、反対は10%だった。また、家庭内の体罰に反対する人は過半数以上を占め(56%)、改正に賛成は31%。子を持つ親の体罰反対者は63%に上る。また改正に賛成する国会議員も増加し、下院では2004年の83人から、170人以上(全議席は646)に達した。
しかし、壁は厚く、“節度ある体罰”の完全撤廃にはいたっていない。英国政府が法改正に消極的な理由として、デイリー・テレグラフ紙では、「家庭生活への干渉」を挙げている。「軽症の傷をめぐって裁判沙汰になれば、家族の崩壊につながる」というのだ。
実際に法改正をした国では、訴訟問題などのマイナス点に比べ、肯定的な効果が顕著だという。ヨーロッパで最初に子供の体罰を法律で禁止したスウェーデンでは、1979年の制定以来、虐待による子供の死亡事故は発生していないという。
ただ、国内外の圧力もあり、“節度ある体罰”はかなり限定され、イングランドとウェールズで2005年に導入された法では、身体を傷つけた体罰には5年以下の禁固刑が言い渡されることになった。スコットランドでは、3歳以下の幼児への道具を使った体罰、不適当な振り回し、頭周辺への殴打を禁止している。
その一方で、現行法は「身体に傷をつけなければ体罰はしてもいい」と解釈され、家庭内の体罰は合法とみなされている。
これに対し、重傷を負う危険性をぬぐいきれないだけでなく、家庭内の虐待を隠蔽する恐れもあるとして、CAUを始めとする専門家は反発している。そもそも、“節度ある体罰”の基準があいまいで、正確に定義するのは不可能だ。ほんのささいな一撃がエスカレートして虐待に至るケースは多い。そのため、あらゆる体罰を禁止すべきだと主張している。
目で確認できる傷だけを証拠とするのは危険をともなう。さらに傷の状態からどの程度の危害がいつ加えられたかを見分けるのは困難で、体罰を受けた理由やその深刻さを正確に把握できないとも言われる。傷の具合は主観的な診断に頼らざるをえず、小児科医などに多大な負担がかかる。さらに、傷の現れ方は個人差がある。
また、しつけとしての体罰の有効性も疑問視されている。CAUの資料によると、体罰は子供のしつけとして適切ではなく、愚行を正すどころか、子供に悪影響を及ぼす傾向が強いという。気にいらないことをする人や、望み通りのことをしてくれない人には暴力で応えてもかまわないという誤解を植えつけかねない。
CAUが法改正を求める最大の目的は、「子供に体罰をしてもいい」という英国の「悪しき」伝統文化を改め、教育および子供の保護の基本を見直すことにある。大人同士の暴力は禁止されているにもかかわらず、子供だけが体罰の被害を受けても、それを禁ずる法律は存在しない。肉体的にも精神的にも弱い立場にある子供たちこそ、大人と同等の保護が必要だとしている。