釧路の新人看護師パワハラ裁判で杜撰な新人教育の証言

釧路赤十字病院の看護師だった村山譲さん(当時36)が自殺したのはパワハラなど職場のストレスが原因だとして、労災不支給の取り消しを求めた訴訟の証人尋問が、8月23日と24日に釧路地方裁判所で行われた。

釧路の新人看護師パワハラ裁判・低い医療安全管理意識
釧路赤十字病院の看護師の労災認定を求めた訴訟の被告側の証言で、当病院の医療安全管理とコンプライアンスの問題点も明らかになった。インシデントレポート提出の意識が低く、遺書でパワハラを示唆していたが、病院は内部調査は行わず、遺族にも説明がなかった。

 

譲さんは、2013年4月に釧路赤十字病院に入職。希望した手術室の配属となり、念願だった看護師の仕事をスタートさせた。ところが、わずか半年後、自らが起こした複数のミスとパワーハラスメントをほのめかす言葉を遺書に残し、自ら命を絶ってしまう。

遺族は、多数の事故の罪悪感や職場の人間関係の悪化など、業務上の強い心理的負荷がうつ病を引き起こしたとして労災を申請したが、地元の労働基準監督署はこれを認めず、審査請求、最審査請求も棄却され、労災不支給が決定した。

2018年4月、両親の村山豊作さんと百合子さんは、労災不支給の取り消しを求め、国を相手どる裁判を釧路地方裁判所に起こす。

パワハラか?釧路の男性看護師がわずか半年で自殺(1)
高校時代からの夢だった看護師として第二の人生を踏み出した村山譲さんは、北海道釧路市の釧路赤十字病院に入職後、たった6ヶ月で自ら命を絶った。本人がA4の紙に綴った自筆の遺書には、パワハラの告発ともとれる文章が記されていた。母親が心境を語った。

口をつぐんでいた同僚らが証言

譲さんの他界から8年、提訴から4年の歳月を経てやっと、法廷の証人尋問の場ではじめて、両親は息子が一緒に働いていた看護師らと顔を合わせる機会を得ることになった。譲さんが亡くなった後、病院は同僚らとの面談を拒みつづけていたのだ。

証言台に立ったのは、被告側として、村山譲さんが配属された手術室の看護師4人と、パワハラ発言を疑われる医師1人。譲さんのチューター(ワンツーマンの指導者)の看護師は、「重要な証言をするのは不可能」などの理由を並べ、出頭要請を断ったという。原告側からは譲さんの母親で看護師の村山百合子さんが証言した。

労基署は、譲さんが起こした事故を、遺書にあった「プロポフォール(注射液)のインシデント(指示量より1ml多く患者に投与)と「手術台のロックを外してしまうアクシデント」の2件のみとし、これらの出来事の心理的負荷の総合評価を「中」とした。最審査請求においては、「弱」と評価されている。

さらに、指導の範囲を逸脱した言動、いじめや嫌がらせはなかったと結論づけ、譲さんの精神障害発症と業務の因果関係を否定した。

今回の尋問で、4人の看護師は「パワーハラスメントはなかった」と口をそろえたが、譲さんに対する冷淡な指導や新人看護職員研修の欠陥、当病院の医療安全管理とコンプライアンスの問題点が浮き彫りになった。

新人看護職員研修に不備はなかったか

証言によると、譲さんは5月に「三方活栓を患者に固定する方法を何度も間違えた」「患者に帽子をかぶせるとき、髪が出てしまう」「オルソラップを腕に均一に巻くことができない」などのミスがあったという。

6月12日には麻酔の注射液を1cc多く投与し、インシデントレポートを提出している。注射液のミスは1回だけでなく、「本人から、『(注射液を)少し多く入れてしまった』と聞いた。『繰り返しミスをしてしまった』と言っていた」(A看護師・同期)、「麻酔薬を多く投与するミスを繰り返していた」(C看護係長)、「麻酔薬以外にも、注射液のミスは複数回あった」(D看護師長)という。

6月27日には、手術中にベッドのロックを外すという、患者に重大な影響を与える恐れがあるアクシデントを起こす。

酸素マスクの装着も誤り、「私の目で見たのは1回。その後も1回あったとスタッフから聞いている」とD看護師長は証言する。

また、挿管解除の順番を間違えたともいう。患者が麻酔中に看護技術の手順が前後すると、呼吸ができない状況になり、重大なアクシデントになる。

では、ミスを重ねる譲さんに対し、どのような指導が行われていたのか。

労基署は村山さんの提訴後に再度聴取を行い、労災審査の際の聞き取り調査に記述されていた「冷たい口調で指導されていた」といった叱責の書面に手を加えたことが発覚している。原告代理人は初期の聴取書をもとに尋問を行った。

譲さんの上司にあたるC看護係長は、「指導が難しい人だった」「一度教えてできたことが、急にできなくなる」とマイナスに評価していた。「注射液の量を多く入れそうなときは、大きな声で『ストップ』と言った。行動が止まらないと思ったので」「『ダメ』ときつめに言うこともあった」など、「強く叱責したことはある」と告げた。労基署の聴取書にある、「係長は口調が厳しい。村山さんは、係長が担当になると緊張すると言っていた」という内容をおおむね認めたことになる。

D看護師長は、譲さんを「緊張しやすい人。一生懸命やるが、スムーズにいかない」と認識しており、「(指導する側の)若い看護師が(譲さんに)恐怖を感じているのは知っていた」とも明かした。原告側代理人の「コミュニケーションがとれていなかったのではないか」の質問には口ごもり、回答を避けた。

譲さんより10歳年下のチューターのE看護師(不出頭)は、「自分の指導が未熟、どうしたらいいか」「村山さんは覚えるのが遅い」と上司に相談していたことが証言で明らかになった。

A看護師は、譲さんの指導担当者が6月か7月に、「もう村山さんの指導担当はできない」と言ったのを記憶していた。さらに、看護師詰所で「村山さんは仕事ができない」と指導者が話しているのを、村山さんが詰所の外で1、2回は耳にしたはずだともいう。

譲さんがしばしば相談していたという新人研修担当のB看護師は、「村山さんはそれまでかかわったことのないタイプ」「つねに焦っている様子だった」「人とコミュニケーションをとるのが苦手」と述べる。「指導した内容を、2、3回繰り返しても身に付かなかった」「現場にいて注射液が多いことに気づき、『1cc多いですよ』と言ったら、『あっ』とすぐ手を放した」「患者の足を押すなど、麻酔で動かない患者への配慮、看護の気遣いが足りない」と欠点を挙げた。また、男性のB看護師は、自分が譲さんの指導を担当することになった理由を、「男性の話は聞けるが、女性には怒ることもあったので」と言う。

同僚の精神疾患に気づかない同じ職場の看護師

譲さんは入職してたった1ヶ月で “落ちこぼれ”とみなされ、手術室の看護師以外にもそれが伝わっていたらしい。

証人のF医師は5月の連休明けに看護師から、「少し遅れている人がいる」と聞かされ、譲さんの存在を知ったと言う。6月には譲さんに、「私はそんなに評判悪いですか」と尋ねられたそうだ。

指導者は「振り返りを丁寧にやった」と述べたが、譲さんの評価表の「評価・感想」欄に書かれた指導者の評価は、6月以降、否定する言葉しかないという。母親で看護師の百合子さんは、「自分の経験から、評価表には、『1ヶ月お疲れさまでした。次もがんばりましょう』と書く。新人はほめて育てるものだ。新人のひとり立ちには3年かかる。短いスパンで判断されることはない」と断言した。

看護大学の担当教授の話によれば、譲さんの成績は上位のほうで、実習もしっかりやっていたそうだ。

そんな譲さんに対し、指導者たちは、入職して3ヶ月足らずで「適応力がない」と判断を下す。ミスが多いのを理由に、同期の新人看護師のなかで譲さんだけが、当初予定されていたカリキュラムどおりに業務を進めてもらえなかったのだ。

譲さんの遺書には、「この6ヶ月注射係しかできませんでした。その注射係もまともにできませんでした。異常な緊張が続き、本当に申し訳ありませんでした……」と書かれている。

D看護師長は6月末に、「注射などの業務が腑に落ちていない様子だったので、次のステップに進んでいいか確認し」、「本人と相談した」うえで、他の指導者から状況を聞き、「次のカリキュラムに進ませない」と決めたそうだ。

C看護係長は「次のステップに進めず、落ち込んだ様子はなかった。追い詰められていた様子に気づかなかった」と言うが、同期のA看護師は、「なかなか注射係から抜け出すことができず、同期の他の3人より遅く、悩んでいた」ことを知っていた。また、B看護師も、「『今月で辞めようと思う。向いていない』と聞いていた」と打ち明ける。

「毎日胃痛と頭痛に悩まされ夜中に目が覚めてしまう日々が続きました。集中力にかけてミスを連発し言われたことを直せないでいました……」と遺書にあるように、譲さんは心身ともに極限状態に陥っていたと推測される。

だが、尋問を受けた4人の看護師はみな、「精神疾患には気づかなかった」と言い切った。

「単純なミスが増える」「仕事の効率が落ちている」「できていたことができなくなる」などは、メンタル不調のサインといわれている。こうしたミスに最初に気づくのは、同僚や上司など一緒に仕事をしている人のケースが多い。

医療関係者でありながら、当時の釧路赤十字病院の手術室看護師は、同僚の心の病には無関心だったようだ。

義務化された新人看護職員研修の現実は?

譲さんが入職した4月発行の釧路赤十字病院の広報誌『ねっとわーく』第40号には、「平成25年度看護部の取り組みについて」のページがある。ホームページにアップされている広報誌40件のうち、看護部の寄稿があるのはこの号だけだ。


その文章は、「平成25年4月1日、新しい看護職員が採用され看護部は、看護師395名・助産師28名・準看護師18名・看護助手34名・クラーク9名、合計484名となりました。その内、看護管理者32名(看護副部長1名・看護部長17名・看護係長14名)が中心となり看護部運営を担っています」とはじまる。この新しく採用された看護師のなかに、譲さんも含まれる。

つづいて、前年度の4つの看護部目標の実践を紹介し、平成25年度は、「1.労働環境改善への取り組み、2.看護師としての専門性を高める、3.看護の質向上(①医療安全の強化②固定チームナーシングを正しい理解で活用し、看護単位で運営する③在宅医療・看護の推進④看護の標準と可視化を図る⑤キャリアローテーション、適正配置の推進⑥看護師としての接遇向上)、4.災害対策を推進し充実させる、5.病院経営基盤の保持の5項目を取り上げ、重点課題として取り組んでいく予定」と書いている。

新人看護師の自死で、少なくとも、「労働環境改善の取り組み」に課題を残したと考えられるが、当病院の看護部は何らかの検証と反省をしたのだろうか。

新人看護職員研修は平成22年(2010年)4月から努力義務化となった。「新人看護職員研修ガイドライン」では、職場適応のサポートやメンタルサポート等の体制の整備にも触れている。

さらに、日本赤十字は平成23年度(2011年)に、独自の新人看護職員研修システムガイドラインを作成した。「育み育まれる組織づくり」を目指し、新人看護師だけでなく、教育する側の先輩看護師を支援していくとしている。

証人尋問の期日の前月、2021年7月2日に、釧路赤十字病院は、「2021年度新人看護職員教育通信」第1号をネットで公開した。

「釧路赤十字病院新人看護職員研修は、職場内教育・集合教育・ローテーション研修から成り立ち、看護職員全員で計画的に新人看護職員の成長を支援しています」という文面にウソがないことを示すためにも、村山譲さんの新人看護職員教育の真相を明らかにすべきである。

(2021年 09月 18日)

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