「わからないんですよ、6か月間、息子がどのように働いていたのか。看護師になりたい、とがんばってきたのに、なぜ自死をしなければならないのか」
息子の村山譲さん(当時36歳)が亡くなって6年経ったいまでも、村山百合子さん(北海道・室蘭市)は、「何があったのか?」と繰り返す。
高校時代からの夢だった看護師として第二の人生を踏み出した譲さんは、北海道釧路市の釧路赤十字病院に入職後、たった6ヶ月で自ら命を絶った。
パワハラをほのめかす遺書が
本人がA4の紙に綴った自筆の遺書には、パワハラの告発ともとれる文章が記されていた。
両親は病院側に足を運び、説明を求めたが、誠実な対応をしてもらえなかった。
両親は法的手段をとらずに話し合いをつづけようとしたが、譲さんの死を隠蔽するかのような行為に打ちのめされる。
「息子はパワハラによりうつ病を発症して自死した」と、譲さんの自死から2年後に労災を申請したが、労災は認められず、審査請求も再審査請求も却下された。
納得のいかない両親は2018年4月24日、国に労災不支給の取り消しを求めて釧路地裁に提訴に踏み切った。
村山譲さんの労災認定を求める訴訟の口頭弁論は、2019年10月7日で6回目となった。
それでもなお、「誰もお話してくださらない。情報が少なく、どうしてそういうことになったのか、わからないんです」と両親は声を落とす。
譲さんの死後、病院側では強力な箝口令が敷かれ、勤務していた現場のスタッフから証言を得るのは非常に難しい状況がつづいている。
死亡を報告せずに「希望退職して転居」と手続き
譲さんが帰らぬ人となったのは、2013年9月15日。
傍らにおいてあったカバンには、A4用紙に綴った自筆の遺書が入っていた。
入職して、6ヶ月が経ちました。
この6ヶ月、注射係しかできませんでした。その注射係すら まともにできませんでした。
異常な緊張が続き、6月にはプロポフォールのインシデント、手術台のロックを外してしまうアクシデントを起こしてしまいました。
本当に申し訳あれませんでした。
毎日、胃痛と頭痛に悩まされ、夜中に目が覚めてしまう日々が続きました。
集中力に欠けて、ミスを連発し、言われたことを直せないでいました。
●●●先生に「お前はオペ室のお荷物だな」と言われて、確信しました。
成長のない人間が給料をもらうわけにはいきません。
本当に申し訳ありません。
勉強しても、イメトレしても、手術部屋に入ると、抜けてしまいました。
だから、あきれられても仕方ありません。
6ヶ月 本当に皆様にお世話になりました。
希望に燃えて働いているとばかり思っていただけに、息子の突然の死は、家族にとって信じがたいものだった。
しかも、遺書にパワハラをほのめかす記述が含まれていたのだ。
両親は病院に勤務や職場の実情について説明を求めたが、満足のいく回答は得られず、「真摯に対応します」という言葉には誠実さが感じられなかった。
上司の看護師たちからは、「息子さんは適応力がなかった。ミスが多く、何度指導しても仕事ができなかった」と言われ、いじめやパワハラに関しては、「何もなかった」との一点張りだった。
「『同僚にお話をうかがいたい』とお願いしましたが、断られました」と百合子さん。
病院への不信感は、11月末に譲さん本人宛の2通の文書が届いたことで、一気に強まった。
看護協会と看護連盟から次年度会費納入呼びかけの文書が、釧路の住所から転送されたのではなく、譲さんの名で実家宛に郵送されたのだ。
会費の振り込み用紙には、勤務先の欄に印字されていた「釧路赤十字病院」が手書きで「個人会員」に変更され、取り消し線が引かれた釧路の住所の横に、実家の住所と父親名の「様方」があらたに書き添えられていた。
誰かが無断で変更手続きをし、譲さんは死後も会員として登録されたままになっていたのである。
驚いた両親は、すぐに両団体の本部に電話で問い合わせた。
返ってきたのは、「釧路赤十字病院から『一般退職し転居した』の連絡があった」という説明だった。
「亡くなったと教えていただければ、弔慰金やお花代をお渡したのですが」とも言われた。両親が死亡を告げたことで、後からお花代が送られてきたという。
同僚の死を弔うどころか、亡くなったことを隠し、「希望退職して引っ越し」と報告していた。
両親は、釧路赤十字病院にその理由を問いつめた。
しかし、病院の事務方は「看護部の話なのでわからない」と言うだけで、事実確認するのを拒んだ。
「隠す必要がなければ、死亡したと伝えたはずです。なぜ、こんなひどい扱いをしたのでしょう」 百合子さんは郵便が届いたときの気持ちを“傷口に塩をぬられた”と表現する。
その後、同病院では、譲さんの前にも、2人の看護師が自死していたことがわかった。遺書にあった医師と関わりがあったらしい、との情報だった。
もはや自力での解決は困難と判断した両親は、弁護士に依頼し、2015年9月に労災申請をする。
労災申請の段階で、もうひとつ、病院側の隠蔽が判明している。
譲さんは釧路日赤の奨学金を受けていたため、亡くなった直後に、両親は返済について病院に問い合わせていた。病院からは、全額返済するよう、請求の書類が送られてきた。
返済金を準備していた両親だが、証拠保全で収集した書類のなかに、「返済免除」の記録があることに弁護士が気づいた。譲さんの奨学金は返済の必要がなかったのだ。
返済が免除されていたことを、病院側は両親に一切連絡していない。
譲さんの適応力やミスに手を焼いていたが、パワハラなどはなく、譲さんが精神的に病んでいる様子もなかった。
これが病院側の主張だ。
譲さんの自死が病院の業務に関係ないのであれば、一緒に働いていたスタッフが職場での譲さんの様子を両親に教えても問題ないだろう。
室蘭市に住む両親が、釧路市で働く譲さんに会ったのは6月の3日間だけだ。
“息子に何があったのか知りたい”と情報を集めている両親に協力しても、不都合はないはずなのだが。
しかし、当時の同僚などが名乗り出るような動きはないという。
「何かお話をしてくださる方もいるのではないか」
母親の百合子さんと父親の豊作さんは、裁判などで釧路を訪れるたびに、朝から赤十字病院前で、協力を募るビラを配り続けている。
(2019年 11月 30日 執筆)