札幌市の看護師・杉本綾さん(当時23歳)が2012年に自殺したのは過重労働が原因として、遺族がKKR札幌医療センターを運営する国家公務員共済組合連合会に損害賠償を求めた訴訟の第3回口頭弁論が、2020年1月15日に札幌地裁で開かれました。
原告側は、被告代理人の準備書面に反論する書面を提出。
被告側は、過労死あるいは過労自死について使用者の安全配慮義務違反を認めた5つの最高裁判決を用い、杉本綾さんのケースとの違いを示すことで、「KKR札幌医療センターに違反はなかった」と主張しています。
病院側は「自殺を予見していなければ責任は負わない」と主張
これに対し、弁護団は、「すべて原告が勝っている事案を捻じ曲げて引用し、これらの事案と杉本さんの事件は違う、と言っているに過ぎない。その捻じ曲げ方が異常であり、まったく常識に反する」と厳しく批判しました。
弁論後の報告会で弁護団長の長野順一弁護士は、「法律論として相手の主張があまりにもひどい。たとえば、自殺するのを予見していなければ責任は負わない、つまり、自殺するとわかっていて、それを放置しているような事案でなければ、企業は責任を負わないという、とんでもない切り口で、法律論上、非常に問題です」と憮然とした表情で述べました。
「自分の健康管理についても、本来は自己責任であり、使用者に『家族のような配慮』や『丸抱え』で健康管理を求めるのは現実的ではない、と被告側は言っています。そもそも原告は丸抱えの健康管理を使用者に求めておらず、まったく的外れな主張です」
弁護団が指摘する判例のひとつは、2000年の電通過労自死事件の最高裁判決です。これは、連日の時間外労働による心身の疲労困憊で健康状態が悪化し、1991年に社員が自殺した事件で、最高裁は、電通の安全配慮義務違反を認めました。
ところが、被告代理人は、電通事件では「使用者が健康状態を認識していた」のであり、被用者が自殺すると認識している場合には、使用者は業務軽減措置を講じることが求められているが、「使用者が被用者の健康状態の悪化を認識していなかった場合にまで、業務軽減措置を講じることを求められるべきものではない」と主張しています。
島田度弁護士は、「電通判決は長時間労働をさせれば労働者の健康が損なわれることは明らかだと企業責任を明確に断罪しているのに、どうして真逆に読めるのか、理解しがたい。被告がこの訴訟で提出してきた準備書面は、これまで積み重ねられてきた過労死事件の闘いの歴史を180度誤った方向で捉えたものだ」と指摘しました。
また、高血圧症を患うシステムエンジニアが、長時間労働により脳溢血死したシステムコンサルタント事件の2000年の最高裁判決も引き合いに出しています。
被告代理人は、「高血圧等の基礎疾患を有する被用者について、使用者がそのことを認識している場合に、業務軽減措置を講じることを求めている」とし、「基礎疾患が存在しない被用者やその基礎疾患等の存在を使用者が認識していない場合についてまで、業務軽減措置を講じることを求めるものではない」と主張しています。そればかりか、「この事件の判示においては、被用者にも自己の健康管理について自ら管理することが求められている」とも述べています。
これに対し長野弁護士は、「使用者は、被用者の申告の有無にかかわりなく、健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」のであり、「『被用者の自己の健康管理』は、使用者の安全配慮義務違反の有無とは無関係」と準備書面で反論しました。
また、これまで弁護団は、被告側が事実関係について認否するよう再三求めていましたが、回答がなかったため、①杉本さんの受け持ち患者の人数、②杉本さんが業務命令として課されていた研修(書かされたレポートや与えられた課題の具体的内容)の2つに絞り込み、認否を明らかにするよう釈明を求めました。
「全部つまびらかにするよう、本当は言いたいところではありますが…。裁判長も、『ぜひとも回答していただきたい』と同意して被告代理人に指示していたので、次の期日までに明らかになると思う」と島田弁護士。
さらに、弁護団は、自庁取消となった労働基準監督署の記録を取り寄せていることも明かしました。その記録のなかには、同僚や先輩看護師たちの証言も含まれます。
患者の高齢化により厳しさが増す看護の現場
報告会では、現役の看護師から、患者が高齢化により厳しさが増した医療現場の状況などについての発言がありました。
「先ごろナースコールの回数を調査したところ、急性期病棟では1日15,000回でした。およそ3分に1回鳴っている勘定です。月に29,000回の病棟もあり、1日1,000回、1分に1回は鳴っていたことになります。こうした状況で、医療の安全を守り、新人看護師を成長させるのはとても困難といえます」
「ナースコールを押す患者さんは、ボタンを押すまでどれほど躊躇しただろうかと思うのです。『この時間、看護師さんは忙しいはずだ』と20分、30分、痛みを我慢したあげくに、『トイレに生きたいけど、もうちょっと』と我慢できなくなるまで待って、ナースコールを押しているのだと思います。杉本さんが働いていたのは、苦しい呼吸を何とか楽にしてほしいと助けを求める、急性期の呼吸器病棟です。次々とナースコールが鳴れば、看護師が何人いても足りません」
「20年近く前には、寝たきりの重症の患者さんはそれほど多くありませんでした。杉本さんのお話を聴いていて、私が病棟で働いていた頃とは違う、職場環境の厳しさを感じます。以前は、共に育ちあうという雰囲気でしたが、杉本さんの職場にはそんな余裕はなく、新人看護師として成長するのは『自己責任』のような厳しさが伝わってきます」
北海道医療労働組合連合会の鈴木緑執行委員長は、北海道の地域医療担当課との交渉で、看護師の配置基準の引き上げを求めたことを報告しました。
「道は看護師の受給推計において、2025年に需要数86,421人、供給数85,005人となり1,000人以上不足すると見通しています。7対1の看護体制でも足りていないため、『月10~12回の夜勤が何年も続いている』『患者の話を聞きたくても聞くことができない』『看護ができず、喪失感の中で働いている』『1分に1回ナースコール鳴っている』などの現場の実態を説明しました」
北海道は、「看護師が全体的に偏在している」との見解を示しており、これについて鈴木執行委員長が「偏在ではなく不足ではないか」と指摘しましたが、道は不足を認めながらも、「配置基準について国に意見をあげることはできない」と回答したそうです。
(2020年9月22日)