『専門店』「世界の専門店拝見 こんな店・あんな店」1999年1月
個性の主張を尊重するフランス・パリには、独創的な専門店がたくさん存在する。大型店の進出の波におわれつつも、多くのパリジャンは、伝統を受け継ぎ、地道に経営を続けるブティック(専門店)を支持しているようだ。
パリからの専門店紹介に一回目は、ファッションの都にちなみ、香りのブティックに焦点をあててみた。大メーカーが激戦するフランス香水業界。そのなかで、独自の路線で香りを売り続けているショップがある。
おしゃれなエリアのひとつとして知られるパリのサンジェルマン大通り。その中心から東は学生街のカルチエラタンと呼ばれている。若者でにぎわう繁華街から少し離れた、比較的閑静なサンジェルマン大通り沿いに、香りのキャンドルやオーデコロンのブティック「ディプティック」がある。地味な外観とは反対に、各国の女優、モデルなど有名人を顧客リストにもつことでも知られている。
今回は、ジェネラル・ディレクターのモハメッド・ラタウイ氏にお話をうかがった。
-オープン当時から、香りのキャンドルを製造しているのですか?
ラタウイ このブティックは、ボザール(美術大学)の装飾美術の卒業生である、画家、建築家、舞台美術家の3人がはじめました。1961年の開店当時は、フロリスなどイギリスの香水を売る店でしたが、その2年後に、オリジナルの香りのキャンドルを売り出し、オーデコロンの発売はちょうど30年前からです。
現在では、キャンドルやスプレーなど室内用香り製品と、オーデコロンや石けんなどのボディ用香り製品の2つのラインを製造、販売しています。キャンドルの香りは38種類、オーデコロンは9種類です。
-カトリーヌ・ドヌーブさんもここのファンだと聞きましたが。
ここにはさまざまな人がやってきます。カルチエラタンという場所柄、学生も多いのですが、マスコミ、映画、ファッション関係者などもよく来ます。カトリーヌ・ドヌーブ、カール・ラガーフェルド、イレーネ・ド・フレサンジェ、ケイト・モスやナオミ・キャンベル…。エルトン・ジョンは、ダイアナ妃の追悼で、ディプティックのバラのキャンドルを用いました。
-いつごろから人気のショップになったのでしょう?
(笑って)ディプティックは、今でも決して有名なショップではありません。顧客は“選ばれた人”というか、とても限られた人なのです。といっても、特別な人というわけではありません。リーズナブルな価格に抑えてあるので、誰でも気軽に香りを楽しめるんですよ。エルトン・ジョンから一般の学生までね(笑い)。
つまり、金銭的、職業的に選ばれた人ではなく、何かオリジナリティのあるものを探している人だけが、ここの製品をよく知っているといってもいいでしょう。
-一般大衆へのアプローチは特にしていないのですか?
一般大衆に知られていないのは、一度も広告を出したことがないからです。広告を出さないのは、われわれの戦略のひとつでもあります。口コミの力のほうが、より効果劇であると信じているのです。実際、たくさんのジャーナリストがここの製品を好きになり、それを記事に書いてくれています。また、有名人が、ディプティックの成功に寄与していることは、いうまでもありません。これらが広告以上の宣伝効果になっているのです。
-フランスに一店舗というのもこだわりからですか?
これもわれわれの戦略のひとつです。どこでも買うことができるのでは、価値がなくなってしまいますからね。しかし、海外での販売も行っているので、ディプティックの製品は、国際的にも知られています。ヨーロッパでは、たとえばロンドンのハロッズ、混乱ショップ、アメリカでは、ニューヨークの高島屋やバーニーズ、日本でもラフォーレやバーニーズなど4店舗で扱っています。
-日本でも、香りのキャンドルが注目されていますが、感触はいかがですか?
日本への進出は始まったばかりですが、われわれにとってとても大切なマーケットだと期待しています。香りのキャンドルに対する興味も、ニューヨーク並になってきたようです。日本人は、強い香りが苦手ですよね。これからは、日本人好みの香りを研究しなければならないと思っています。
-ディプティックの香りは、少しエキゾチックですね。
ここの香りの基本は、ナチュラルな香りであり、目新しい香りということです。エキゾチシズムを追求するというより、オリジナリティを求めています。独特な香りを造りだすことに力を入れているのです。ディプティックの香りは、他にはない珍しい香りといえます。
パーティーの招待客のうち、10人の女性が一般によく知られている香水を同時につけているということは、よくある話です。でも、ディプティックの香りを使う人は、たくさんいません。会場で唯一、その女性だけの香りとして印象づけることができます。自分だけの香りというのは、とても誇らしいことなのです。だから、大物女優たちが、ここの香りに興味をもつのです。
-最近では、どのメーカーも同じような香りを作っているように感じるのですが…。
とても残念なことですが、そのとおりですね。フランス人は、香りを想像する才能が豊かだと思うのですが、現在は、すべてが一つのファッションに集約されてしまっています。創造性に限界を強いられているのです。求められているのは、一般大衆に受け入れられる香りです。人々は、自分の好みでものを選ぶことを忘れてしまいました。
-香水メーカーが多いフランスでは、競争が激しく、大変なこともおありだと思いますが。
もちろん、生き残っていくのは簡単なことではありません(笑い)。競争に負けないためには、きちんとした戦略が大切です。われわれは、それを37年の経験から学びました。
人々は、何か非凡なもの、品質の良いものを求めています。そのニーズに応えるのが、ディプティックなのです。もちろん、厳しい時代もありましたが、一度もポリシーを方ことはありませんでした。その結果として、現在のような評価があるのです。私たちがおそれているのは、平凡化することです。これだけは絶対避けなければならないと思っています。単一化されたファッション、アロマセラピーブームなどのように、俗化してしまったものは、インチキだと思うのです。
ディプティックは、流行など関係なく、つねにマイペースに、オリジナリティを求めています。われわれは独自の香りを作っていることに、とても誇りをもっています。
Diptique(フランス語)
パリの食べ物屋(28のレストランやカフェを紹介)