アート作品としての「慰安婦」少女像を観る

「不自由な表現展」に、韓国ソウルの日本大使館前に設置されている「慰安婦」少女像のレプリカが展示されていました。

少女象の縮小模型は、2012年8月東京都美術館で開かれた「第18回JAALA国際交流展」に出品されましたが、美術館側が「(政治的表現物であるため美術館の)運営要綱に抵触する」という理由で一方的に会場から撤去されたとのこと。

今回の展示にあわせ、少女像の作家キム・ソギョンさんとキム・ウイソンさんが来日し、都内で講演を行いました。そのときのお話を紹介します。

「慰安婦」少女像は「反日の象徴」のような取り上げられ方をしますが、この像は、芸術大学を卒業した芸術家が制作した「アート作品」です。

キム・ソギョンさんとキム・ウイソンさん夫妻は、韓国中央大学校の芸術大学卒。学生時代の80年代から民主運動にかかわり、芸術で社会問題を提起してきました。

地方から20年ぶりにソウルに戻った二人は、ハルモニたちが水曜デモを20年間もつづいていることに驚き、「このままにしておけない」と動きだしたそうです。金学順(キムハクスン)が名乗りでたのは1991年8月14日。当時はメディアも騒いだので、すでに解決されたものと思っていたのです。
2011年5月ごろ、ハルモニを支援している韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)を訪ね、「アーティストとして、私たちに何かできることはないか、それがわかれば、やらせてほしい」と訴えたところ、「2011年12月14日に水曜デモが1000回を迎えるので、平和の碑を建てたい。そのデザインを担当してほしい」と言われました。
そこで、二人は20数点のアイデアを作って見せたのですが、日本大使館前に設置することに対し、「無事にできるのか」「韓国政府が賛成するのか」という悩みが深刻になり、いいアイデアが浮かばなくなってしまったそうです。
日本政府から「建てないでほしい」との要請もありましたが、「こういう状況だからこそ、違うものを作ろう」とするのがアーティストです。
最初は文字を刻む「平和の碑」を建てる予定でしたが、「人々がコミュニケーションでき、ハルモニたちを癒す彫刻はどうだろう」と考え、挺対協がその案を受け入れてくれたので、ソギョンさんが少女像を提案しました。

日本大使館前の少女像の設置は、韓国政府から承認を得たわけではなく、地方自治体や地元警察は、何度も対策会議を開きました。拘束されるかもしれないが、その責任は自分たちでとろう、とこの少女像を建てたそうです。

少女像を制作する際、最も大切にしたのは、多くの人と分かち合えること、コミュニケーションがとれること、でした。

少女像にしたのは、10~20代のたくさんの少女が連れていかれたのがわかっているからです。最初はおばあさんにしようかと思ったのですが、「女性たちが連れて行かれたのをどう表現したらいいか」を考え、少女にしたそうです。ソギョンさんは、「女性として、娘を持つ母親として、こういう発想になった」と言います。
3か月の制作作業中、ソギョンさんは、「自分自身が被害者だったら、娘が被害者だったら」を考えていたそうです。

この少女像には、いくつかの象徴があります。

少女の背後には、影と蝶々、碑文見えます。
この影は、おばあさん、つまりハルモニたちの姿で、ハルモニの痛みや苦しみを表しています。
真ん中に飛ぶ蝶々は、既に亡くなられた被害者がよみがえり、伴にいることを表しています。
「おばあさんの影を描いたら?」とアイデアを出したのは、娘さんだったそうです。

作りはじめたときは、手は重ねているだけでしたが、最終的には、こぶしをギュッと握る形にしました。
こぶしを握る形にしたのは、3か月の作業中に、日本政府が「建てるな」と要請したのがきっかけでした。
彼女自身との約束であり、この問題を解決するための闘い、未来の子どもたちへの思いが込められています。

おかっばの髪は、毛先がそろっていません。これは、日本人によって無理やり切られた髪をイメージしています。
最初はおさげやきれいに切りそろえたおかっぱにしてみましたが、最後にはガタガタに切られたおかっぱにしました。
「家族や祖国とのつながりをむりやり切られた」というのを表しています。

肩にとまる鳥は、亡くなられたハルモニと生きているハルモニをむすぶ触媒の役割を持っています。

少女は裸足です。それは、険しかったハルモニの人生を表しています。
遠くに連れて行かれ、故郷に帰れなかった人、帰る故郷を失った人がいます。
ですから、かかとがすり減っているのです。
今もハルモニたちは胸に痛みを抱え、その痛みを消し去れないでいる人もいます。

少女の横の空いた椅子は、亡くなったハルモニが座り、一緒にいるために用意した椅子です。
また、誰もがここに座ることができ、ここから日本大使館を見つめてほしいとの思いもあります。
ハルモニの心、少女の心に共感してもらうために作った椅子です。
さらに、次世代の子どもたちが、ここに座ってくれたらいいと思っています。

この少女像は、ある日突然ひらめいたのではなく、二人は大学在学中から、芸術的才能を使って、社会的なことができないか考えていたそうです。
ウイソンさんは、「韓国には抵抗美術、民衆美術というものがあり、これを抜きにして、芸術を語れない」と言います。
民衆美術を制作する芸術家はたくさんおり、反戦や反核、女性問題や労働問題など、さまざまな分野で表現しています。
民衆美術は政治的、社会的だとの批判し、否定的な人もいますが、ウイソンさんは、「政治や社会問題を抜きにして、何の表現活動ができるのか」と。

少女像の日本の反応については、次のように述べました。

「少女像が日本大使館の前にあるから、不快なのだろう。
しかし、なぜこの少女像がイヤなのか考えてほしい。
真実をあきらかにするためにハルモニたちは闘っている。
日本政府が解決すれば、いやな気持ちはなくなるのではないか。
それまでは、いやだという気持ちを甘受すべきだと思う。
この問題が解決したら、少女像は日本政府が管理すべきだ。
そうすることで、日本の誠実さ、度量の広さが見えてくる。
これを引きうけることで、日本の偉大さが見えてくると思う」

(2015年2月2日)

 

悍ましい過去は消えない…元「慰安婦」たちの声より
2014年5月末に来日した6人の元「慰安婦」は、河野談話後に発見された関連公文書等529点を内閣府に提出した。元「慰安婦」たちは、涙ながらに悲惨な体験を話し、「2度と戦争をしてはいけない、私たちのような犠牲者を出してはいけない」と訴えた。

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「慰安婦」は世界の性暴力被害者救済の原点『日刊ベリタ』2008年6月28日
「少女像」作家が来日講演――日韓合意の「撤去」批判 金曜アンテナ『週刊金曜日』2015年3月4日号

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