遺族が病院側を提訴 新卒看護師過労自殺訴訟(3)

新卒看護師・杉本綾さん(当時23)が自殺したのは過重労働によりうつ病を発症したことが原因として、2019年7月29日、遺族と弁護団はKKR札幌医療センターを運営する国家公務員共済組合連合会に、安全配慮義務違反に基づく損害賠償を求めて札幌地裁に提訴しました。

労災認定されるも病院は謝罪なし 看護師過労死(2)
新人看護師・綾さんのケースは看護師が直面している激務の現実を浮き彫りにしたといえる。看護師がうつ病を患う要因は、サービス残業の恒常化、仕事量の過剰さ、新人看護師の教育やサポート体制の欠如、看護学校での授業と医療現場とのギャップなどがあげられる。

綾さんは大学卒業後、2012年4月から当病院に勤務。残業や自宅学習の長時間労働などが続き、同年12月に自宅で命を絶ちました。

綾さんの自殺の原因が、過重労働により発病した精神障がいであることは、労災で認定されています。

この労災認定は、いったん棄却されたものの、再調査の結果、自庁取消という形で不支給決定が取り消されました。

遺族は2013年1月、札幌東労働基準監督署に労災申請しますが、不支給決定処分となり、審査請求、再審査請求のいずれも棄却されました。2015年12月、労災不支給取り消し訴訟を提起し、それを受けて、札幌東労働基準監督署は再調査を行いました。

改めて時間外労働時間数を集計した結果、自宅でのシャドーワークが労働時間であることが認められ、綾さんは2012年6月中旬から8月中旬の2ヶ月に、月111時間および月102時間の時間外労働を行っていたことが判明しました。

こうした長時間労働が心理的な負荷となり、うつ病を発症して自死に至ったとみなされ、係争中の2018年10月7日付で労災不支給処分は取り消されたのです。

労災が認定されてから、今回の民事訴訟の提起までに1年近くかかったのは、遺族が、民亊訴訟という形で闘うことを最善とは考えなかったからだといいます。

病院側が責任を認めて謝罪することを拒否したため提訴に

看護師本人、そしてその親や家族が苦しむ悲劇を二度と繰り返さないために、この事件を教訓に業務改善してほしい。

その強い気持ちを込めて、遺族は病院に対し、「過労自死の責任を認め、謝罪すること」「二度と過労死が起きないよう、適切かつ具体的な措置を講ずること」「損害賠償を遺族に支払うこと」の3点を求める文書を2019年2月5日付で送付しました。

ところが、当病院は2019年2月13日付で、労災関係資料の開示を求めてきたのです。これに対し、遺族は、病院からの要請に応じて、大量の記録を印刷して提供しました。

当病院の2019年4月5日付の回答は、まさに遺族の誠意を踏みにじる内容でした。何ら理由の説明もなしに、「安全配慮義務違反はないと考えます」とのみ記し、損害賠償も拒絶しました。

遺族が、「安全配慮義務違反なし」と判断した根拠を照会したところ、病院は、「長時間労働の事実がない」「適正な新人教育と指導を行っていた」「綾さんがうつ病にり患していたことを明確にする根拠はない」などと返答してきました。

病院はさらに、話し合いによる解決を否定し、「今後訴訟において主張・立証する予定」と民事訴訟で争う意向も伝えてきました。

遺族である母親は、「私にとって、とてもつらい返答でした。綾はKKR札幌医療センターに内定をもらった当時、とても喜んでいました。自分の入職する職場に誇りを持っていました。だからこそ、頑張ったのです。その気持ちが否定され、今も働いている職員の方々に向けても業務改善の意思がないことを公言されたような虚しい気持ちで落ち込みました」とそのときの心境を語っています。

こうした経緯を経て、遺族と弁護団は、病院の安全配慮義務違反によって綾さんが死亡したことへの謝罪と再発防止措置、損害賠償を求めて、民事訴訟に踏み切りました。

綾さんの労災は、司法判断ではなく、行政庁が自ら、不支給処分の決定を取り消しました。杉本綾さんの過酷な勤務状況は、公的に認められた事実といえます。それでも、KKR札幌医療センターは、労災認定の判断に矛盾する「長時間・過重労働は無く、病院側には安全配慮義務違反の責任はない」と主張し、それを立証していくと表明しています。

訴状によれば、綾さんの業務は新卒看護師には大きな負担だったのは明らかで、安全配慮義務の適正労働条件措置義務違反は免れないとしています。

新人看護師の1ヶ月あたりの時間外労働時間は60時間を超えないよう義務づけられていますが、綾さんのタイムカード上の時間外労働は、就職したばかりの4月が47時間48分、5月には91時間40分にも達し、翌6月も85時間30分でした。

シャドーワークは平日2時間以上、休日5時間以上と確認されており、この時間も時間外労働に加わることになります。

また、綾さんは3~5名の患者を受け持ち、6月には8名に増加しました。さらに、7月には夜勤業務も開始しています。

弁護団はまた、安全配慮義務の判断については、新卒看護師という特殊性を踏まえたうえでなされるべきだと主張しています。看護師は、患者の生命と向き合う職種であり、極めて心理的負荷が強くならざるをえず、それに加えて、新人の看護師は、教育内容と医療現場の乖離によるリアリティショックや、自宅学習というシャドーワークで多大なストレスを抱くことが知られています。

労災認定の際には考慮されなかった「新人看護師の特性」が、この民事訴訟でどう判断されるかも注目されます。

(2020年8月28日)

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