労災認定されるも病院は謝罪なし 看護師過労死(2)

杉本綾さんの労災認定を受けて、2019年7月29日、遺族と弁護団はKKR札幌医療センターを運営する国家公務員共済組合連合会に対して、綾さんが死亡したことへの謝罪と再発防止措置、損害賠償を求めて札幌地裁に提訴した。

異例の労災不支給決定取り消し 新人看護師過労死(1)
札幌の新卒看護師の杉本綾さんの過労死の労災認定を求める裁判は、結審を間近に控えた2018年10月17日に、被告の国が不支給決定取り消しを伝えてきたことで終結した。弁護団によると、係争中に行政庁が自らの決定を取り消す「自庁取消」は異例だという。

看護師の過酷な労働環境はしばしば話題に上る。特に、新人看護師の状況は、ますますひどくなっているという。

新人看護師の労働環境はますます悪化

厚生労働省が2019年6月に発表した2018年度「過労死等の労災補償状況」の「精神障害に関する事案の労災補償状況」によると、職種別の請求件数は、2017年が313件(女性228件)、2018年が320件(女性240件)と2年連続、医療・福祉がトップだった。決定件数は、2017年は製造業に次いで2位の266件(女性200)、2018年は逆転して1位となり、255件(女性188件)。労災認定件数は、2017年は82件(女性60件)、2018年は70件(女性54件)で、認定率はそれぞれ30.8%と27.5%にとどまる。

2018年度の精神障害の請求件数が多い業種別は、上位2つが医療・福祉で、1位は「社会保険・社会福祉・介護事業」の192件(女性135件)、2位は「医療業」の127件(女性104件)。支払い決定件数をみると、1位は運輸業・郵便業の「道路貨物運送業」37件(女性4)、2位と3位が医療・福祉で、それぞれ「医療業」35件(女性25件)、「社会保険・社会福祉・介護事業」35件(女性29件)となっている。

医療業は圧倒的に女性が多く、看護師はここに含まれる。

看護師がうつ病を患う要因は、サービス残業の恒常化、仕事量の過剰さ、教育システムおよび新人看護師のサポート体制の欠如、看護学校での授業と医療現場とのギャップなどがあげられる。

綾さんのケースはまさに、看護師たちが直面している激務の現実を浮き彫りにしたといえる。

綾さんは、SNSを使って、同僚や友人に自分のおかた状況や心境を伝えていた。

「勉強さぼると不安で眠れなくなるさ!」(4月30日)、「忙しいとパニくる!」(5月13日)、「だんだんレポートだらけ、そして夢が病院だらけになってきた」(5月21日)、「これから勉強する! 6月勉強量増える」(6月3日)、「具合悪すぎて死んだ お腹いたい」(6月14日)、「しんどいです。…今週は受け持ち7~8人…そして、ついに事故報告書を書いてしまった…なんともなかったけどさ 凹んだ」(6月23日)。
7月のミス以降、彼女は次のようなメッセージがつづく。「この前の夜勤でどん底に落ちました。…本気でどうやったら病院に来なくていいか、存在消せるか、死ぬか? と考えました。わたしにしてはめずらしいでしょ?」(7月23日)、「行きたくなくて吐き気と動悸」(7月26日)、「いっそこのまま心不全で死ねたら」(7月27日)、「今月、もう何回もミスして、凹んでた」(7月29日)、「寿退職したい。…寿も大事だけど、今は退職(笑)」(8月29日)。

「深刻な問題は、新人看護師をゆっくり育てられないことにあります」 綾さんの裁判を支援する「新卒看護師の労災認定と裁判を支援する会」(以下、支援する会)の共同代表で、北海道医労連の鈴木緑委員長はそう強調する。その原因のひとつは、医療費適性政策で入院日数の短縮化が進行していることにある。

「救急病院は1週間から10日で退院します。ですから、入院したら、すぐ病態を把握して、看護展開し、退院先を考える。これを1週間ぐらいの間にやらなければなりません。先輩にも余裕がなく、早く一人前になってほしいので、新人看護師は看護技術や病気の知識をたくさん詰め込まされるのです。だから、夜中まで勉強しなければならない。ものすごいプレッシャーです。新人看護師はケアをイメージして入ってくるのですが。看護学校で学んだ、身体を拭く技術、排せつ介助、食事介助といったことが、医療現場では行えないのです」

KKR札幌では、新人看護師の教育制度として、一人の新人看護師(プリセプティ)に、一人の先輩看護師(プリセプター)がついて指導するプリセプター制度のほか、病院内共通の「新採用者チェックリスト」および各部署の作成したチェックリストを用いての教育評価を行っていた。

鈴木さんはプリセプター制度について、「4年目ぐらいで指導者のプリセプターになるため、人生経験も現場経験も少なく、仕事もまだわからないことがある。不安なのに指導しなければならず、どちらもプレッシャーになってくるんです」と問題点をあげた。
若くしてプリセプターになるのは、看護師の離職率の高さとも関係し、KKR札幌のような急性期病院の病棟で働く看護師の平均年齢は30歳だという。

KKR札幌では2015年からパートナーシップ・ナーシング・システムも採用している。このシステムは看護を効率的に提供する方式として全国的に注目され、KKR札幌の公式サイトには、「二人の看護師が対等な立場で互いの特性を活かし、相互に補完し、協力し合い、安全で質の高い看護を提供することを目的とし」、「日々のケアを一緒に行うことで、看護の可視化と伝承を推進し、ケアや記録の効率化を図り」、「時間外勤務の短縮、ワークライフ・バランスの向上、働きやすい職場づくりにも貢献できるシステム」と記載されている。

看護師を疲弊させる教育制度たサービス残業の慣例化

この病院のもうひとつの教育制度は、「チェックリスト」による評価だ。2010年4月に新人看護職員研修が努力義務となり、新人看護職員研修ガイドラインが策定された。チェックリストは、到達目標を確認するのに用いられ、新人看護師が看護行為を実施した後に、自己評価および先輩看護師が査定する。
1年以内の到達目標は、「看護職員として必要な基本姿勢と態度」16 項目、「技術的側面:看護技術」40項目(全70 項目)、「技術的側面:助産技術」27 項目(全28項目)、「管理的側面」15項目(全18 項目)からなり、4 段階で評価する。各項目の到達時期などに関しては、施設が独自に決めることになっている。

看護の質の向上、新人看護師の早期離職防止を目的に導入された教育システムだが、チェックリストも万全とはいえないようだ。

KKR札幌の元看護師で、「支援する会」の共同代表の板井かね子さんは、「リストに沿って、あれが必要、これが必要と一方的に教えるだけで、新人看護師が何を考えているのかを配慮できない」とチェックリストによる教育方法に批判的だ。KKR札幌では、新人看護師が一人前になるための到達目標として、約250項目のチェックリストを活用しているという。「患者はそれぞれ違うので、この患者にはよくても、別の患者にはそれが合わないかもしれない。看護の仕事は、答えがひとつではないし、いつも同じでもない。『できるか』『できないか』という単純な質問で看護師の技能を評価することはできません」

さらに、板井さんは、「教育時間は労働に含まれない」という看護師の悪しき掟、残業代未払いについても言及する。

綾さんは月平均80時間の残業をしていたにもかかわらず、残業代がいっさい支払われていないことが労災申請の準備の過程で判明した。「新人の時間外は研修であり、残業代を請求してはならない」のが慣例化していたという。母親は札幌簡易裁判所に約100万円弱の残業代の支払いを求めて訴状を提出。KKR札幌医療センターが支払いを拒否したため、2014年4月から弁論が行われた。結局、2015年3月に病院側が和解を申し出て、請求通りの金額を支払った。

KKR札幌医療センターは2014年に病院に勤務した約700人の残業代が未払いだったため、2015年9月に札幌東労基署から「労働時間管理を客観的に示すことができないのであれば、タイムレコーダー通りに支払う」よう命じられた。その結果、病院は約7億5000万円を支払った。

板井さんは“法律に反する”慣習についてこう説明する。「上司の看護師は、教育指導や会議の前に、タイムシートに打刻するよう促します。新人看護師は先輩看護師に従うしかないのです。指導する側も教えられる側も、教育時間の残業代は支払われません。看護師は、一生懸命勉強するのが当たり前だと思っているからです。若い看護師は先輩たちから、『成長したくて勉強しているんでしょ』と言われるのです」

綾さんの出来事を通して、医療関係の方の労働が過酷だということを知ったNさんは言う。
「医師も看護師も介護士も、人の命のために働いている人がうつになったり、自殺したりするなんて、あってはいけない。患者さんに満足してもらうことで、ますます看護の質が向上していく。体力的にも精神的にも充実して、笑顔で働く看護師に育てるのが、先輩看護師の役割だと思います」

(2019年10月16日)

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