恵庭OL殺人事件の第2次再審請求棄却で即時抗告(10)

札幌地方裁判所は、2018年3月20日、恵庭OL殺人事件の第2次再審請求の棄却を決定しました。その決定を不服とし、弁護人は、同月23日に、即時抗告を申し立てました。

弁護人は、第2次再審請求審決定(以下、原決定)の事実認定が、重要な争点について具体的な事実(証拠)がほとんど明示されておらず、「抽象的な可能性」によって判断していると批判し、即時抗告審の札幌高裁に、「本件が科学的審理に基づいて判断されるべき事案であることを念頭に置き、科学の法則に忠実な事実認定を行っていただきたい」と求めました。

即時抗告を申し立て後、弁護人は、2018年5月29日に上申書、6月29日に補充書を提出。そして、7月27日に補充書(2)を提出するとともに、更に2通の補充書を提出する旨を上申書で予告し、事実取り調べも請求していました。

ところが、札幌高等裁判所(登石郁朗裁判長)は、2018年8月27日、突然、即時抗告を却下しました。検察官の答弁書は提出されておらず、審理不尽のままでの棄却です。

18年もの長期間拘束されていた請求人は、8月12日に出所しました。その2週間後に、札幌高裁は棄却決定を下したのです。

即時抗告を棄却

裁判所はこの日に決定を出した弁明として、「当審における審理は、事後審として、原決定の当否を審理するものであるから、原則として、原決定の不合理性に関わる主張の原決定の基礎となった証拠に基づいて審理するのであって、必ず新たな証拠の追加等が認められるものではない」ため、「予告された弁護人のさらなる補充書や証拠等の提出等を待たずに、本決定をすることとした」としています。

棄却の理由として、札幌高裁は、「原決定が、取り調べた証言や文献等の科学的知見に基づき判断していることは、明らかである」と述べ、「弁護人が提出している証拠は、いずれも確定判決等の認定を動揺させるものではない」と新証拠をすべて否定しました。

弁護人は、第2次再審請求審で裁判所が50㎏のマネキンを持ち上げる検証実験を実施しなかったことを「審理不尽の違法」と主張しましたが、それについても、札幌高裁は、「指摘の検証が必要であるとはおよそ考えられない」と退けました。

第2次再審請求審において、弁護人は、被害者の死因は窒息死ではないとする吉田謙一教授(東京医科大学)の法医学鑑定意見書を提出しましたが、即時抗告審決定は、「寺沢医師の『頸部圧迫による窒息死』との判断が不合理とはいえない」とし、「吉田医師の見解は、結局、死体を実際に解剖して見分したわけではないのに、独自の見解に基づき、死体を観察した寺沢医師の窒息死の所見への批判を試みたものにすぎない」と排除しました。

被害者の遺体は最初うつ伏せで焼損された後に仰向けで焼損されたとする伊藤昭彦教授(弘前大学・燃焼学)の鑑定意見書に関しても、一切採用しませんでした。

うつ伏せで燃焼したことを裏づけるとする、後頭部と肩、背中の激しい焼損については、「仰向けの姿勢であっても、死体と地面との間には空気があった」と認め、須川修身教授(諏訪東京理科大学)の「雪面上においても一定の条件を満たせば、灯油は燃焼する」とする証言などを根拠に、「仰向けの姿勢では、被害者の死体のように背部等が焼けることはないとはいえない」と認定しました。

被害者の肩に未焼部分がない理由としては、「死体を燃焼すると、筋肉が伸びたり縮んだりするというボクサースタイルの形成の際に生じる運動のため、肩はよく動いたと考えられるから、地面との間に空間が生じ、下から燃焼された熱が伝わったりしたためと考えられる」と述べています。

焼死体の多くが、ボクサー姿勢になるのは知られていますが、これは筋肉が収縮するからであり、原決定が言う「筋肉が伸びたり」し、「肩はよく動いた」という現象が科学的に正当なの、もしくは裁判官の単なる憶測なのか、明らかではありません。

後頭部の激しい焼損については、高熱による頸部筋肉の収縮で顎を突き出す姿勢になり、「支点となった頭頂部付近は地面から離れず、その部分の頭髪は燃え残る」が、「頭頂部より下の後頭部の広い範囲は地面から離れ、空間が生じ、下から燃焼された熱が伝わったりして、頭髪等が焼失した」と判断しています。

また、死体の南西側に黒くすすけた場所が生じた理由については、「灯油のかけられ方のほか、風による影響があったとしか考えられない」と認定しています。

さらに、「他の通行の可能性があり、また付近の人家等から炎を注目されるおそれのある道路上の死体の焼却を図ったということは、犯人が非力であるとか、処理を急がねばならないとか、何らかの理由により、発見される危険を冒しても、とりあえずその公道上で焼却を図らざるを得なかったことを示している」とも述べています。

もうひとつ、弁護人は、第2次再審請求審決定において、弁護人による豚の燃焼実験を証拠に、灯油がかかった雪面上から炎が立ち上がったと認定した点に対し、即時抗告審で、「適正手続きに反する不正義」と主張していました。

弁護人が問題とする原決定の認定は、「弁護人が実施した豚の燃焼実験では、灯油がかかった雪面上からもしばらくの間炎が立ち上がり、あるいは、炎が風にあおられて雪面近くにたなびくなどし、雪面の色が黒く変化し又は黒いすす等が付着するに至ったことが認められる」という箇所です。

これに関しては、第2次再審請求審において、次のような経緯があったといいます。

伊藤教授の証人尋問の際、検察官は、伊藤証人への反対尋問で、「弁護人の豚の実験のビデオによれば、明らかに雪の上で灯油は燃焼しており、伊藤証人の『燃焼科学上雪の上で灯油は燃焼しない』という証言は誤っているのではないか」と詰問しました。伊藤証人は検察官に対し、「その画像と位置を明確に特定し、説明してもらいたい」と釈明を求めたのですが、検察官は一切それに答えず、裁判所も、検察官に釈明するよう命じたりせず、自ら補充尋問することもないまま、尋問は終了しました。ところが、裁判所は、この燃焼実験の結果に基づき事実認定したのです。

弁護人は、「伊藤教授の証人尋問の際に、その場面の画像や位置等を特定させて、説明を促したり、補充尋問を行ったり、弁護人に十分な攻撃防御の機会を与える」といった適正手続きを裁判所は怠ったとして、根拠に基づかない、不意打ちの認定であると主張しています。

これに対し、即時抗告審決定では、「伊藤教授の証人尋問の際に、裁判所が、その場面の画像や位置等を特定して、弁護人に質問を促すなどしていなくとも、弁護人は、十分な攻撃防御の機会はあった」とし、「適正手続きに反する不意打ちの認定であるとは、到底いえない」と受け入れませんでした。

灯油10リットルの燃焼によって9㎏の体重減少は生じ得ないとする、伊藤鑑定意見書および中村祐二教授(豊橋技術科学大学大学院)の意見書も否定しました。

裁判所は、「被害者の死体は、背中と地面との間の空間で燃焼が継続することができる状況にあったといえるから、背面の下方で起きた燃焼によっても熱が継続的に加えられ、燃焼範囲の広がりによって、広く継続的に熱が加えられたと考えられる」ため、「炎が死体の上方にあることを前提とした中村教授や伊藤教授の見解は、採用することはできない」としています。

弁護団は、2018年9月3日、最高裁判所に特別抗告を申し立てました。

日本弁護士連合会は、9月10日に、「『恵庭殺人事件』第2次再審請求即時抗告棄却決定に関する会長声明」を発表し、「引き続き恵庭殺人事件の再審を支援し、再審開始、無罪判決の獲得に向けて、あらゆる努力を惜しまない」ことを表明しました。

(2020年8月23日)

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