恵庭OL殺人事件 札幌地裁は第2次再審請求を棄却(9)

2018年3月20日、札幌地方裁判所(金子大作裁判長)は、「本件再審請求審において弁護人が提出した各証拠は、確定判決等が判断の根拠とした間接事実等の認定や評価に影響を及ぼすようなものではない」と結論づけ、恵庭OL殺人事件の第2次再審請求を棄却しました。

この決定直後、札幌地裁の前で主任弁護人の伊東秀子弁護士は、「すべてが、『常識』とか『一般的』とか、『可能性がある』といった理由で否定している。これでは、誰でも犯人になりうる。裁判所から救われるなど金輪際あり得ないということになってしまう」と憤りをみせました。

科学的根拠を無視した事実認定

弁護団の木谷明弁護士も、「信じられない。今回の進行からすると、裁判所も我々の見解をかなり理解しているのではないかと期待していた」と落胆の表情を見せました。

そして、「女性ひとりで、体重50キロの遺体を現場まで運べるはずがない。それを実証するために、弁護団はマネキンを使った実験を要求したのですが、検事は反対して、裁判所も採用しなかったんですね。そこまでやらなくても再審開始を決定する、という理由なら理解できますが、やらずに再審請求を棄却するのは、とんでもない不正義です。こんなことが許されては、たまらない」と述べました。

弁護団は、「まさに絶望的な気分にならざるを得ない」とこの決定を批判し、「無実の請求人は、何としても救済されなければならない。弁護団は、この不当極まりない決定を覆し請求人の冤罪を晴らすために、今後も全力を尽くすことを誓う」と即時抗告をする方針を示しました。

日本弁護士連合会も即日、「新旧全証拠の総合評価をしておらず、不当決定で到底是認できない」と声明を発表し、「引き続き恵庭殺人事件の再審を支援し、再審開始、無罪判決の獲得に向けて、あらゆる努力を惜しまない」ことを表明しました。

第2次再審請求審決定の事実認定は、裁判官の「経験則」や「想定」が多用されており、それに対応する科学的根拠などの事実がほとんど明示されていません。弁護団は、「実存する事実に基づく認定ではなく、裁判官が頭の中で想定した『抽象的な可能性』による事実認定である」のがこの決定に共通している重大な問題点だと批判しています。

焼損方法の新証拠の否定

後頭部や背中などが強く焼損され、うつ伏せで焼かれたという伊藤昭彦教授(弘前大学)の意見について、裁判官は「伊藤教授の見解は、燃焼の条件を過小に見立てているもので、採用できない」と否定しています。その事実認定について、弁護団は次のように指摘しています。

裁判官は、「後頭部、肩、背中も、広く炭化するなど強く焼損されたことが認められる」とし、「氷雪が溶けるなどし、後頭部のその部位にも熱が及ぶようになって焼損されたために生じた」「死体は背中を若干反り返らせており、その間には空間があった」「仰向けの状態でも、着火の方法や炎の広がり方、焼損の進み方等によっては、後頭部や背部等が熱の影響を受けることが継続して、広く焼損し得る条件があったと認められる」ため、「後頭部や背部の焼損状況等は、当初死体がうつ伏せの状態にあったとする根拠にはならない」と述べています。

しかし、これらは単に「後頭部や肩が熱の影響で焼損された」という事実に過ぎません。

重要な論点は、「終始仰向けの状態で、死体の後頭部や肩が激しく焼損され得るか否か」であり、「後頭部と肩が激しく焼損している事実」が、「終始仰向けの状態で焼損された事実」の根拠となるためには、どのように「雪が溶け」て、そこに「熱が及び」「空気が入って」焼損するのか、「着火の方法」「炎の広がり方」「焼損の進み方」とは何なのかを具体的に説明する必要があります。全く説明を示さないのであれば、「仰向けの状態で焼かれた」のは、裁判官の憶測とみなさざるを得ません。

黒く煤けた箇所について

本決定では、燃焼科学的に解明すべき争点である「黒く煤けた原因」についても、証拠を示さずに、「炎が風にあおられてたなびくなどして、その範囲に熱の影響が及んでいたものと推認される。そして、焼損の過程で生じたすす等が周囲の地面等に付着することがあることは、豚の燃焼実験の結果からも間違いないことを併せ考えると、本件では、死体の南西側を中心に黒くすすけた状態が残ることは、経験則等に照らしても十分起こり得る現象であると考えられる」と、「経験則」を根拠に認定しました。

現場の黒くすすけた箇所の氷雪が溶けている原因としては、①その場で死体を焼損、②風に倒された炎の熱の影響、③雪面にかかった灯油が燃焼、という3つが想定できますが、この決定は、証拠を示すことなく、②であると結論づけています。

裁判官は、「同日午後11時頃以降数時間は平均毎秒約3mないし約4mの北の風が吹いていた」ことを理由に挙げていますが、この程度の風で炎が地面に接する程倒れる現象は科学的に生じ得ず、検察側の須川修身教授(諏訪東京理科大学教授)の論文および伊藤鑑定意見書などにより科学的事実が明らかにされています。

さらに、「死体に灯油をかけた際その一部が氷雪面上にかかるなどして付着すれば、氷雪面上の灯油から炎が上がることも起き得る」とし、「現場に黒くすすけた箇所が生じていたことは、具体的な発生機序はともかく、その死体が灯油をかけられた風の吹く中相当時間にわたり強く焼損されたという本件の状況を前提とすれば、起き得る現象ということができる」と認定しましたが、これも科学的に生じえない事実です。

独立燃焼で体重9㎏減少について

この事件では、死体が雪面におかれていたため、炎は死体の上方にあり、炎から死体にかかる熱は輻射が支配的であることは燃焼科学上、理にかなっています。ところが、決定では、「被害者の死体は、背中と地面等との間の空間で燃焼が継続するにいたることができる状態にあったといえる」ため、「中村教授が前提とするように、炎はもっぱら死体の上方にのみあり、炎の下方に位置する死体には、主として炎から輻射によって戻ってくる熱が加わっていたとみるのは、かけ離れた見方といわざるを得ない」と中村祐二教授(豊橋技術科学大学大学院)の意見を否定しています。

さらに、「被害者の死体は、背面の下方(地面等との間)で起きた燃焼によっても熱が継続的に加えられたと考えられ、さらには、燃焼範囲が広がることで死体の側面などにも広く継続的に熱が加えられたと考えられる」ため、「中村教授の分析は、死体には様々な角度から複合的な形で熱が伝わり、焼損が進んでいったと認められることを前提としていない点で、問題がある」と、中村意見書が裁判所の認定した事実を前提条件にしていないと非難もしています。

弁護団によれば、裁判所は中村教授の証人尋問において、自らの想定する前提条件を明確にする釈明や補充尋問は一切しなかったといいます。

「独立燃焼」に関して、今回もまた、「種々の条件次第では、着衣が芯となるなどして相当時間脂肪が独立して燃焼を継続することが起こり得ることの証左とみることができる」と認定しました。
この決定は、須川証人の「本件死体は2分程度で表皮が裂けて脂肪が溶け出し、脂肪の独立燃焼が生じた」とする説に事実上依拠した結果です。

ところが、その須川意見書が根拠とする外国の論文(The Analysis of Burned Human Remains)には、「人体の脂肪は少なくとも5~10分間外部からの加熱がなければ燃焼を開始できない。また、燃焼を継続させるにはさらに外部からの加熱が必要である」と、主張と明らかに矛盾する内容が記載されているのです。

この記述がある論文のページは、検察官の提出した須川意見書から欠落しており、最終事実取り調べの前日、中村教授が発見し、証人尋問で明らかにされるという出来事がありました。その結果、検察官は、中村証人に対する反対尋問を事実上断念せざるを得なかったのです。

にもかかわらず、裁判所は、「独立燃焼で体重が9㎏減少する」と認定しました。

死因の新証拠の否定

吉田謙一教授(東京医科大学)の「頸部圧迫による窒息死ではない」という見解も、「被害者の死因を頸部圧迫による窒息死と認定した確定判決等の判断に合理的な疑いを生じさせるものではない」と採用されませんでした。

寺沢鑑定書に「頸部圧迫を裏づける鬱血の所見」が認められない問題に関し、裁判所は、「頸部圧迫の事例であっても、頸部筋肉内出血の所見が認められないことがある」と述べ、「頸部圧迫による窒息死とする判断を左右するわけではないと考えられる」としています。吉田教授は、目隠しされていた顔面左上部の火傷を「ほぼ健常か1度熱傷(表皮のみの熱傷)」で、「そこに頸部圧迫の所見である鬱血が認められない」と指摘しましたが、裁判官は、寺沢鑑定書では「中等度に焼けている」、的場医師は「多分3度熱傷くらい」とした火傷の程度を揚げ、「熱傷の度合いの分類はともかくとして、少なくとも、熱の影響を相当程度受けた」ため、「出血があったとしてもこれを確認できない状態になっていた」と述べ、「火傷」を理由に、「頸部圧迫の所見の有無」をあやふやにしています。

また、性犯罪の疑いに関しては、控訴審判決の「複数の男性による性犯罪であるという主張は甚だ根拠が乏しい」という認定で採用された、元東京都監察医の上野正彦医師の証言に触れ、「吉田医師の指摘も、同様の着眼点から改めて性犯罪の疑いを提起するものにすぎず、新たに有力な根拠が付け加えられているわけではない」ため、「採用するのは困難」としました。

2004年の確定控訴審で上野医師は、「強姦殺人の疑いをもって鑑定作業を行う必要があった」と証言しましたが、強姦の「見解は個人的な推測に基づく意見」としていました。その当時、性犯罪はいま以上に軽視されており、「個人的な推測」ですまされたのかもしれませんが、現在では大きな社会的問題です。さらに、上野医師は「経験事例があるわけでもなく、陰部が特に焼損されていること、開脚していること以外に具体的な所見上の根拠は特にない」と証言していますが、吉田証人は経験事例があり、クロロホルムなど薬物使用に関連した性犯罪の可能性も主張しています。

薬物検査の実施についても、裁判官は、寺沢教授が「いつどのようにして科捜研の薬物検査結果を把握したかは記録から直ちに明らかではないが、最終的に鑑定結果に導くに先立ち、結果の連絡を受けるなどして把握していたことは十分推認することができる」とし、吉田意見を退けました。

(2020年8月21日)

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