恵庭OL殺人事件 第2次再審請求審の事実取り調べ(8)

恵庭OL殺人事件の第2次再審請求審の第3回事実取り調べが2017年11月30日、札幌地方裁判所で行われました。

11月30日、第3回目の事実取り調べが行われ、終了後に弁護団が記者会見で報告しました。

証人尋問最終日のこの日は、第1次再審請求審から大きな問題だった「灯油10リットルで体重が9㎏減少するか否か」と「遺体焼損現場の横の雪面の一部が黒い煤状になって地面が露出している原因」の2つの争点について、弁護人側の中村祐二証人(豊橋技術科学大学教授)と、検察側の須川修身証人(諏訪東京理科大学教授)が証言しました。

主任弁護人の伊東秀子弁護士は、「今日の証人尋問で、2つの争点における検察側の主張も、裁判所の認定も崩れました」と自信をのぞかせます。

第1次請求審決定の「独立燃焼」の矛盾

ひとつめの「灯油10リットルで体重が9㎏減少」に関して、検察側の須川証人は、「灯油10リットルを遺体にかけて着火すると、2分後には遺体の皮膚が裂け、その部位から皮下脂肪が溶け出し、その皮下脂肪が燃焼して、その炎に晒された部位の皮下脂肪が更に溶け出して燃焼し、灯油が燃え切った後も独立燃焼により、体重9㎏が減少する」と主張しています。

これに対し、中村証人は、「灯油10リットルを遺体にかけて燃焼させても皮下脂肪が燃えだす状態にはなり得ず、また、灯油10リットルを遺体にかけて燃焼させた場合、水分蒸発を過剰に見積もっても体重が9㎏減少することはない」と結論づけています。

中村証人は、プール燃焼の原理を適用し、体内の熱侵入について説明しました。この事件の遺体は雪面におかれた状態で灯油をかけられて着火されたため、火炎は上に形成され、すなわち、「プール燃焼」現象といえます。また、遺体はつねに炎の下方に位置するため、炎の上方にある場合よりも遺体への加熱量(熱流束)は小さく、伝導は輻射が優勢になります。

そうした状況を踏まえて計算したところ、300秒(5分)間灯油の燃焼が最大状態で持続した場合、遺体の表面温度がようやく脂肪の引火点300℃に達するに過ぎず、600秒(10分)加熱が継続したとしても、300℃の位置は表面から深さ3.5㎜未満しか至らないといいます。つまり、600秒(10分)間の燃焼でも、表面から深さ6㎜にある皮下脂肪が燃焼する条件を満たさないのです。

実は、この証人尋問の前日、須川証人の言う「独立燃焼」を揺るがす事実が発覚しました。

須川証人は、米国の論文の実験例をこの事件に適用して「独立燃焼」を主張していますが、同じ論文中に、それと矛盾する内容が書かれていたのです。

11月提出の須川意見書にその米国の論文は添付されていましたが、一部ページが抜けており、その未提出分に、主張とは異なる「独立燃焼」の内容が記述されていたのです。

弁護団は、中村証人と打ち合わせ中に、論文のページが抜けていることに気づいたそうです。

「須川証人の意見書には、『10ページを引用』『12ページを引用』とあるのですが、論文は8ページまでしか添付していなかったのです。中村教授に『9ペ―ジ以降はどうなったのですか?』と聞かれ、裁判所に問い合わせたところ、結局、添付し忘れたとのことで、検察官は9~13ページの英文を昨日の午後4時過ぎに持ってきました」と伊東弁護士。

中山博之弁護士は「中村教授は、朝方までかかってその英文を読み、今日の証人尋問に臨みました。そこに何が書かれていたか、伊東弁護士が中村証人に質問したところ、驚くべきことがわかりました」と言います。

その論文の抜けていたページには、「そもそも人体の脂肪は自己加熱の影響を受けにくく、最低でも5~10分、外部から加熱し、皮膚の破裂など脂肪の連続燃焼が十分に可能になる条件が確定されることを要する」「皮下脂肪の独立燃焼が起きるための条件も考慮されるべきである」と書かれていました。つまり、皮下脂肪の燃焼は、須川証人が言うように、2分で皮膚が裂けて容易に起きるのではなく、外部から最低でも5~10分加熱するなどの「前提条件」が必要だというのです。

木谷弁護士は、「検察官が意図的に(このページを)抜かしたかどうかは断定できないが、疑われてもしかたがない」と述べます。

雪に染み込んだ灯油は引火するか?

もうひとつの争点は、遺体焼損現場の横の雪面の一部が黒く煤けている原因についてです。
須川証人は、「風に煽られた炎が、流れ出た雪面上の灯油(0℃)に引火して燃焼した」と述べていますが、中村証人は、「風で煽られた雪面上の灯油が引火点に達することはあり得ない」と真っ向から異を唱えました。

灯油は、40℃以上にならなければ点火させることができません。雪に覆われた状態で、雪に染み込んだ灯油を40℃に上げるには、水と灯油が40℃まで上昇するための熱分(顕熱)だけでなく、雪を融解して水にする熱分(融解潜熱)も必要です。雪はつねに0℃なので、加熱しても熱が奪われるため、失われる熱以上の熱分を加えなければなりません。

中村証人は、黒く煤けた部分の雪が融解し、さらに40℃まで上昇するためには、1253.75kJ分の熱量が必要だといいます。遺体焼損現場の横の雪面の黒い煤状部分を、1m×1mの領域、雪の厚みを5㎝と仮定すると、2.5㎏の水分に相当し、そこから熱量を算出しています。

1000kJ以上の熱量に達するには、灯油を200秒以上燃焼しつづけなければならないといいます。しかし、灯油10リットルの燃焼持続時間は200秒(2~3分)以内でしかなく、燃焼中に風に煽らた炎では雪面の灯油を40℃以上に上昇させるのは不可能です。つまり、雪面上の灯油が引火することはあり得ないのです。

さらに、中村証人は、「脂肪が体内で燃え続けて、地面に落下する前に燃焼する」という第1次再審請求の即時抗告審の決定についても、理論的に否定しました。

脂肪の溶融速度(軟化速度)が、燃焼速度(熱分解速度)より速いため、体内の脂肪は燃焼する前に地面に落下します。その逆は科学的にみてあり得ず、裁判所の認定は燃焼学に大きく反すると証言しました。

「体重減少の問題は2つの重要な論点に関係してきます」と木谷弁護士は、今日の証人尋問の意義を解説しました。

ひとつは、大越さんは灯油を10リットルしか持っていなかったので、灯油10リットルで体重が9㎏減少しないとなれば、その灯油で燃やしたのではなく、大越さんは犯人ではないことになります。

もうひとつは、灯油10リットルを一気にかけて燃やしても、体重が9㎏減少しないのであれば、灯油をつぎ足したことになります。彼女は11時30分にガソリンスタンドで給油をしているため、完全にアリバイが成立します。

木谷弁護士は、「中村証人の1時間半の証人尋問中、検察官はたった一言も反対尋問をしませんでした。完璧に否定する方法がない、まともに論争しても勝ち目がない、と思ったに違いありません。いろいろな点で、検察官の立証は完全に破たんした、と私たちは見ています」と述べました。

この日で実質的な審議は終了です。

伊東弁護士は、「もうひとつ、請求人(以下、Aさん)本人の意見書を裁判所で私が代読しました」と報告しました。弁護団は当初から、本人が出頭して裁判官の前で口頭意見陳述することを求めていましたが、裁判所は認めず、書面での提出になったそうです。

伊東弁護士は、「私は、殺人も死体損壊もやっていません。私の時間を返してください。私、家族、周りの人たちの生活を返してください」と書かれたAさんの意見書を読み上げました。彼女の意見書は、「私は無実です」で結ばれています。

「Aさんは、日弁連の支援を喜んでいて、頻繁に手紙がくるようになりました。いままで絶望に打ちひしがれていた状況で、心を閉ざしているところもありましたが、積極的な気持ちになってきているようです」と彼女の細菌の様子を語りました。

その一方で、「Aさんは、裁判官、裁判というものを信用しておらず、マスコミに対する不信感は強い」と中山弁護士はつけ加えました。

木谷弁護士は、「マスコミアレルギーになったのは、逮捕、拘留、起訴の段階で、圧倒的に有罪という報道がなされたからです。彼女は全然身に覚えがないのに、マスコミにもみくちゃにされた。そういう苦い経験があって、それがいまだに尾を引いているのです」と述べました。

(2020年8月18日)

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