恵庭OL殺人事件 第2次再審請求審の事実取り調べ(6)

恵庭OL殺人事件の第2次再審請求審の第1回事実取り調べが2017年10月23日、札幌地方裁判所で行われました。

第1回目は、「死因」の問題についての証人尋問です。午前10時から12時50分まで、弁護人側の吉田謙一証人(東京医科大学教授)、午後2時から4時40分までは、検察側の的場光太郎証人(北海道大助教授)が証言しました。

弁護団の木谷明弁護士は。「裁判長はいっさい補充尋問をしませんでした。補充尋問があれば、裁判長の見解がわかるのですが…」と印象を述べました。

記者会見で主任弁護人の伊東秀子弁護士は、「吉田証人は、法医として検死を行い、鑑定書を作成している自分の例を交えながら、証言した」と、吉田証人が作成したプレゼン資料を使い、次のように報告しました。

溢血点の所見のみで窒息死と断定

吉田証人は、死体の解剖をした寺沢浩一氏(北海道大学医学部法医学教室の教授・当時)の鑑定書(以下、寺沢鑑定書)に対し、「頸部圧迫の根拠となる所見・写真を示さないまま、眼瞼結膜や口腔粘膜の溢血点のみから頸部圧迫による窒息死と断定した」と指摘しています。

頸部圧迫による窒息死の診断には、①頸部圧迫の所見がある、②急死・窒息の所見がある、③他に死につながる外傷・中毒・病気等の所見がない、という3要件が必要です。

世界的に最も信頼のおけるナイト法医学書(Knight’s Forensic Pathology)にも、頸部圧迫による窒息死の診断には、3要件が必要であると明記されています。

溢血点は頸部圧迫による窒息死を疑うべき重要な所見ですが、窒息手段を示す所見が提示されない限り、窒息死とは診断できないとあり、さらに、他の原因を除外した上ではじめて、「窒息死」といえると記載されています。

頸部圧迫による窒息死であれば、頸部筋肉内出血、圧迫部上方の顔面・リンパ節鬱血、舌骨・甲状軟骨骨折といった所見を最低一つは示さなければなりませんが、寺沢鑑定では、1つも記載がありません。また、必ず認められる圧迫部上方の鬱血についても、触れていません。

検察側の的場証人も、鬱血のないことは認めていますが、「頭部や眼部にも鬱血はあったが、第3度の火傷の影響で、確認できないのであり、頸部圧迫による窒息を否定できない」と反論しています。

しかし、吉田証言によれば、目隠しされた女性の眼部と周囲の皮膚は比較的よく保たれており、顔面には鬱血がないと判断でき得るといいます。

また、溢血点は、一般急死所見であり、内因死、中毒死、胸腹部圧迫など、頸部圧迫以外の原因による窒息でも生じます。

的場証人は、「溢血点は急死の場合も、稀ではあるが、生じる」と肯定しながらも、「自分が4000人ぐらい解剖したなかで、突然死により口腔粘膜に溢血点が出たケースは1件もなかった」と述べ、「多数の溢血点が認められるから『頸部圧迫による窒息死』と断定してよい」とはっきり断定したそうです。

一方の吉田証人は、「無呼吸症候群の解剖で溢血点が出た例がある」と述べ、「心臓突発死の場合は犯罪にからまないから、口腔粘膜まで解剖で確認しない。犯罪がからんだ死亡解剖で、たまたま溢血点がでていないだけ。急死でも溢血点は出る」と述べました。

また、窒息の場合、血液は「暗赤色」を示しますが、寺沢鑑定では「赤色」となっています。これに対し、的場証人は、「死体の血液が鮮紅色だったのは、低温環境下にあったことで説明できる」と主張します。

しかし、吉田証人は、「窒息死による暗赤色調の血液が、低温環境下に死体がおかれた後、赤くなる理由はない。低温環境下におかれた場合に赤いと主張するのであれば、具体的な事例の鑑定書の記載と写真を示す必要がある」と異議を唱えます。

薬物中毒死の疑いを排除?

頸部圧迫による窒息死の診断には、頸部圧迫および急死・窒息の所見だけでなく、3つ目の要件である、他に死につながる所見がないことも必須となります。

吉田証人によれば、今回の事件のように、若い女性が目隠しをされて、しかも、局部がひどく焼かれた焼損死体が屋外で発見される場合、性犯罪が一番疑われるため、他の除外診断が必要だといいます。

吉田証人が、「被害者の目隠し」を根拠に性犯罪を推定したのに対し、的場証人は、「首を絞めて殺害するのに使用したタオルを、そのまま顔に巻き付けたと解釈することもできる。性犯罪者ではなく、殺害後の顔を見たくない顔見知りの犯行と考えても矛盾はない」と主張します。

しかし、吉田証人は、「目隠しは性犯罪に多用されるが、顔見知りには使われない」とやり返しました。

性犯罪では、抵抗できない状況にするために、クロロホルムといった薬物をかがせて意識を失わせるケースが多く、そのときに、薬物の量ややり方で、急死することがあるといいます。

鑑定医は解剖のときに、薬物による急死の可能性がないと確認した上で、はじめて、「頸部圧迫による窒息死」ということができます。ところが、寺沢鑑定には、薬物中毒に関しては記載されていません。

吉田証人は、「その可能性を除外していないのが、最も重大な問題点」と指摘します。

寺沢教授は、警察官立ち合いによる解剖で「頸部圧迫による窒息死」と断定し、事件直後の2000年3月17日付の解剖立会報告書にはそう記載されているそうです。3か月近く経った6月6日に出てきた鑑定書には、薬物検査についても、性犯罪の疑いについても、ひとことも触れていないといいます。

的場証人は、「寺沢教授は警察に血液を提供して科学捜査研究所で想定される様々な薬物の検査をしている」と反論し、「科捜研の薬物検査の結果、死因に大きな影響を与えるような中毒がなかったため、『頸部圧迫による窒息死』により多数の溢血点が発生したと考えてよい」と述べました。

この的場証人の発言を、吉田証人は「虚偽」と批判しています。その理由は、「科捜研の薬物検査結果報告書が提出されたのは6月21日。それより前に作成された6月6日付の寺沢鑑定書には、薬物についても、科捜研の薬物検査についても触れておらず、寺沢教授が解剖当日に『頸部圧迫による窒息死』と記載した3月17日付の解剖立会報告書の内容も変更していない」からです。

また、的場証人は、「科捜研で想定される様々な薬物の検査をしている」と主張しますが、この事件の科捜研の鑑定書および千歳署の鑑定嘱託書には、一酸化炭素とエチルアルコール以外の薬毒物名が記されておらず、クロロホルムなどの性犯罪に関連した薬物の存否は確認されていない可能性が高いといいます。

この事件が発生した2000年当時、日本では、クロロホルムが性犯罪に使われるという認識は低く、警察が通常行う検査内容では検出されないそうです。クロロホルムは、「必ず警察でやる検査のなかに入っていなかった」ことは、警察も的場証人も認めています。

「検査対象薬の内容が開示されない限り、本件の薬物検査の結果をもって薬物中毒を否定することはできない」と吉田証人は言います。

薬物検査は、「頸部圧迫による窒息死」なのか否かを判断する重要なカギとなります。
検察官もそれを心得ているかのごとく、突然、「3月17日午後10時40分付の『クロロホルムは検出されなかった』旨を知らせる、科捜研から千歳署への電話証書」の存在を弁護団に報告してきたといいます。

木谷弁護士は、「なぜそんなものを作成したのか、誠に不可思議です。解剖医から、クロロホルム検査の指示がない限りは、科捜研が勝手にやるはずはありません。しかも、警察からも解剖医からも、指示をしたという記録はまったく出ていないのです。クロロホルムの薬物検査をした証拠は、その電話1本だけです。」と首をひねります。

弁護団は、この電話証書を「千歳署の証拠の偽造、捏造」ではないかとみています。

「再審が開始されるという危機感から、今になって、検察がこれを出してきたのではないはないか。そうと疑わざるを得ません」と木谷弁護士。

伊東弁護士は、「法医の鑑定は、本件の殺人事件ように直接的証拠がない場合、最大の重要な証拠になるわけです。診断要件をきちんと守らなければ、人の人生に重大な影響を与えます」と憤りをもらしました。

吉田証人も「寺沢鑑定は、頸部圧迫所見の記載も写真もなく、理由を説明しないで、除外すべき診断をきちんとしていません。法医にしては重大な倫理違反です」と語ったそうです。

(2020年8月16日)

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