恵庭OL殺人事件とは 5つの状況証拠の疑問点(2)

2000年3月に北海道で起きた殺害・遺体損壊事件、いわゆる恵庭OL殺人事件は、犯罪事実を直接証明する直接証拠がなく、犯行を推認できる間接事実を証明するための状況証拠によって有罪を認定しているのが特徴です。

恵庭OL殺人事件とは 状況証拠だけで有罪を認定(1)
20年前に北海道で起きた恵庭OL殺人事件は、第2次再審請求も棄却された。この事件は犯罪事実を直接証明する直接証拠がなく、犯行を推認できる間接事実を証明するための状況証拠によって有罪を認定している。確定判決が想定する殺害ストーリーを検証する。

自白や目撃証言、決め手となる物証などはなく、次に挙げる9つの情況証拠を組み合わせ、Aさんの有罪を認定しています。

  1. 事件後に被害者使用ロッカーから被害者の携帯電話が発見されたこと
  2. 被害者のロッカーキーがAさん車両のグローブボックスから発見されたこと
  3. 被害者殺害後の被害者の携帯電話の動きとAさんの動きが一致すること
  4. Aさんが事件の直前に灯油を購入し、事件後灯油を再購入している事実および本人の供述の不合理性
  5. Aさん車両のタイヤに高熱によってできたと推定される損傷があった事実
  6. Aさんに土地勘のある場所から被害者の遺品残焼物が発見された事実
  7. 動機の存在
  8. N社事業所従業員に犯人の可能性のある者が他に存在しないこと
  9. Aさんが被害者と最後に接触したこと

5つの状況証拠の疑問点

裁判所の確定判決では、殺害現場を「北海道千歳市、恵庭市またはその周辺」として特定できず、殺害方法も、「頸部を何らかの方法で圧迫」とし、具体的に示していません。

それ以外にも、数々の疑問が残ります。

まず、5つの間接事実(③被害者の携帯電話の動きと一致する、④事件の直前に灯油を購入、⑤車両のタイヤに高熱によってできた損傷、⑦動機の存在、⑨被害者と最後に接触)の矛盾点をみていきます。

被害者と最後に接触

まず、AさんとHさんは残業後、連れだって退社しているため、「被害者と最後に接触」が状況証拠⑨とされています。

しかし、退社後も一緒に行動していたという証拠はありません。Hさんが、他の人と会っていた可能性もあります。

確定判決では、各自の車両で会社を出た二人がが、会社近くの長都駅で落ち合ったことになっています。Hさんの車両が長都駅に放置されていたため、「約束をしたかして、自分の車両を運転して長都駅へ向かい、駐車場近くに自車を駐車した後、長都駅まで来た大越さん車両に乗車したというのは十分想定できる」としています。

しかし、なぜ二人が長都駅で待ち合わせをしたのか、なぜHさんがAさんの車両に乗り移ったのか、なぜ被害者は駐車場ではなく路上に駐車したのか、謎のままです。

車内での犯行

次に、殺害は車内で実行されたことになっています。

三角関係であれば、Hさんは少し警戒していたのではないかと想像できますが、確定判決では、「Aさんが後部座席に移り、そのことに被害者が不信を抱かなかったとしても格別不自然ではない」としています。

また、二人は体格および体力差があり、一人でHさんの抵抗を排して殺害することは相当に困難と考えますが、「ヘッドレストを挟まない状態で被害者の後方から頸部にタオルを巻きつける等すれば、殺害することは不可能であるとはいえない」と認定しています。

狭い車両内で殺害行為が行われたとすれば、その痕跡が残ると考えるほうが自然です。しかし、車両内からは、犯人の痕跡が発見されていません。この点については、「毛髪や血痕が付着しない場合もある」「車両内を検証したのは、本件犯行から約1ヶ月近く経過してからで、その間、車両内を清掃することは極めて容易なこと」としています。

車内を清掃しても完全に隠滅するのは不可能だと思われ、痕跡を発見できない程度の鑑識能力だったことを自ら認めているようでもあり、不思議と言わざるを得ません。

事件直前の灯油の購入

被害者を車内で殺害後、犯人は焼損現場に向かいます。そして、車内から被害者の死体を引きずり出して灯油10リットルをかけ、火をつけました。

Aさんは、事件直前の3月16日午前0時ごろに灯油10リットルを購入し、4月1日ごろさらに灯油を購入しています。弁護人には、再購入したことを告げず、3月16日に購入した灯油をそのまま持っていたと話していました。このことが、「被害者を焼損したことを強くうかがわせて」いるとして、情況証拠④になっています。

Aさんの弁解はこうです。「職場のドライバーから、『警察がお前の写真をもってガソリンスタンドの聞き込みをしている。お前が犯人だったんだな』等と言われ、灯油を持っていることが怖くなり、同ポリタンクを投げ捨てた。その後、買った灯油がなくなっていることのほうがかえって疑われると思い直し、灯油を購入した。当初は弁護人との信頼関係が十分でなかったため、弁護人も含めて誰にも話さずにいた」

事件後の3月18日以降、警察やマスコミに尾行されていた状況からすれば、その行動も理解し得ます。

灯油10リットルが焼損に使用されたとの認定ですが、被害者の死体は相当部分が炭化状態でした。灯油10ℓだけで、これほど遺体が炭化するのでしょうか。

弁護人らが灯油10リットルを使用して豚の燃焼実験を行ったところ、炭化状態にまでは至りませんでした。千歳署も同様の実験を行い、結果は同じでした。

しかし、確定判決は、「人間の皮膚と豚の皮膚の差異」などを理由に、「灯油10ℓでは本件死体のように焼損することが不可能であるとはいえない」としています。

また、被害者の死体は、目隠しされて開脚状態で発見されました。下半身、特に局部等の焼損程度が激しかったため、複数による性犯罪の可能性も否定できません。

これに対しても、確定判決は否定しています。

複数による犯罪の可能性を裏づけるかのように、事件当日、死体損傷現場近くでは、2台の車も目撃されています。周辺の住民が、「23時05分ごろと23時25分ごろ、死体焼損現場から約400~600m離れた場所に、現場の方を向いて2台の車が駐車していたのを見た」と証言しているのです。

これに対し確定判決は、「2台の車の搭乗者は、犯人の逃走した後、ゴミ焼き等による炎上として傍観していたと推認できる」と判断しました。

死体焼損現場は、広大な田園地帯で、雪の季節の夜半に、全く無関係の人がわざわざ立ち寄ったり、約20分も駐車したりするような場所ではありません。

しかも、この2台の車の運転者は、捜査機関に何ら協力することもなく、現在まで全く判明していないのです。

この2台の車とみられる、大型車と普通車両の2種類のタイヤの跡も、現場から400mほど離れた場所から発見されています。タイヤ痕はその他、消防車等、複数見つかっていますが、Aさん車両のタイヤ痕と足跡は発見されていません。

タイヤの損傷

にもかかわらず、Aさんの車両のタイヤにある深さ5㎜の9㎝×10㎝大の傷が、焼損したときの高熱によるものであると、状況証拠⑤で示されました。

タイヤに傷ができているのは、3月20日の被害者の告別式の後に気づいたそうです。夏タイヤに交換した後、損傷したタイヤを車に積んであったため、4月14日に千歳署に、押収され、発見されました。

検察側の鑑定意見書では、「摂氏250度から290度の高熱を帯びた物体に数分間以上乗り上げていたためできたもの」と推定され、「損傷ができた原因は、被害者を焼損した際、車両がその近くにあったことのほかに考えにくい」と主張しています。

しかし、現場付近には金属板、燃えた木や炭などはなく、車は現場に5分程度しか停止していなかったはずなので、時間的にも不可能です。

この事件では、着火時間が大きな争点になっています。

Aさんは、23時30分43秒、死体焼損現場から15㎞離れたガソリンスタンドで給油しているため、火をつけた時間次第で、そのアリバイが成立するからです。ところが、検察側は、着火時刻を変更するなど、意図的にアリバイ崩しをしたとみられます。

そのひとつが、逮捕状と起訴状の着火時刻を異なることです。

5月21日付の逮捕状には、着火時刻を「23時15分ごろ」と明記されていましたが、6月13日付の起訴状では、「23時ごろ」と15分早めました。

警察は最初、Aさんがガソリンスタンドに入った時間を、レシートに打刻された「午後11時36分」と発表しました。ところが、その後押収した防犯ビデオから、ガソリンスタンドに入った正確な時間は「23時30分」だったことが判明したのです。

現場からガソリンスタンドまで約25分かかるため、着火時刻が23時15分だと、23時30分にガソリンスタンドに入ることができません。そこで、検察官は、起訴状で犯行時刻を「午後11時ごろ」と早めました。

しかも、炎を目撃した付近住民の証言を公判廷で変更させ、防犯ビデオの存在を隠し続けたのです。

携帯電話の動き

9つの間接事実のうち、2番目に挙げられているのは、「被害者の携帯電話の動きがAさんの動きと一致している」というものです(情況証拠③)。殺害後、被害者の携帯電話からは合計7回の発信がありました。この履歴表から割り出した移動経路が、Aさんの動きと一致するというのです。さらに、発信先のひとつがBさんで、「犯人は、意識してBと特別なかかわりや思いのある人物である」として、Aさんの犯人性を認定しています。

しかし、もととなった被害者の携帯電話の証拠は携帯電話会社の従業員が作成し、正確性には疑問があります。元データが存在しないため、客観的に検証することもできません。

事件当時、携帯電話にGPS機能はついていなかったため、使用基地局のアンテナは携帯電話の所在する方向しかわからず、携帯電話の位置を特定できません。極めて広範囲に携帯電話が所存するとしかいえないのです。

また、3月17日、被害者の携帯電話は電源が入っており、午前9時29分18秒から午前11時51分55秒まで14回、午後0時11分3秒と午後0時36分43秒の2回の着信記録がありました。午前10時13分51秒から15分15秒までの間は、電源断または通話不能地域にあったこともわかっています。

3月17日、Aさんは普通通りに出社しており、この日の携帯電話との動きとは全く一致しません。

(2020年7月25日)

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