2000年3月に北海道で起きた殺害・遺体損壊事件は、2021年4月12日、第二次再審請求の特別抗告審が棄却されました。
「恵庭OL殺人事件」再審請求棄却を弁護団が批判 「最高裁の任務放棄」『週刊金曜日』(2021年5月11日)
冤罪!恵庭殺人事件 多くの疑問から浮かぶ20年前の事実『週刊金曜日』(2020年11月20日)
無実を訴えつづける女性(以下、Aさん)は、第二次再審請求の棄却決定から5か月後の2018年8月12日に出所しましたが、いまだ再審開始決定は出されていません。
第2次再審請求も棄却
恵庭OL事件は、2000年3月17日午前8時20分ごろ、北海道恵庭市北島の農道で、女性会社員Hさんが焼死体で発見され、「三角関係のもつれによる犯行」と、職場の同僚である当時29歳のAさんが、殺害したうえ、死体に油をかけて焼損したとされる事件です。
Aさんは、同年5月23日に逮捕され、一貫して犯行を否認しましたが、6月13日に札幌地方裁判所に殺人・死体遺棄で起訴され、2003年3月26日、懲役16年の有罪判決を受けました。控訴、上告しますが、いずれも棄却され、2006年10月、有罪が確定しました。
2012年10月15日、第1次再審請求を申し立てますが、2014年4月21日に棄却。即時抗告も退けられ、2016年5月26日に特別抗告の棄却が決定しました。
2017年1月10日に申し立てた第2次再審請求も、2018年3月20日に棄却され、即時抗告は同年8月27日に棄却が決定しました。
これを受け、9月3日に特別抗告を申し立て、2020年3月27日に最高裁判所に最終補充書を提出しました。
この事件は、犯罪事実を直接証明する直接証拠がなく、犯行を推認できる間接事実を証明するための状況証拠によって有罪を認定しているのが特徴です。
第1次再審請求も第2次再審請求も、弁護人の提出した新証拠の証拠価値を否定し、「可能性が否定できない」といった表現を多用して、確定判決の有罪認定に追従した形です。
最高裁は2010年4月に、「状況証拠によって認められる間接事実中に、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない(あるいは、少なくとも説明が極めて困難である)事実関係が含まれていることを要するものというべきである」と示しました。しかし、恵庭OL事件の第1および第2次再審請求棄却の決定には、これについての言及はありませんでした。
多数の状況証拠によって犯人性を肯定された確定判決は、再審のハードルがより高いといえるようです。
再審請求の新証拠は別の項であらためて述べるとして、まず、確定判決で認定された犯罪ストーリーはどんなものだったのでしょうか。
この事件は、自白や目撃証言、決め手となる物証などはなく、次に挙げる9つの状況証拠を組み合わせ、有罪を認定しています。
- 事件後に被害者使用ロッカーから被害者の携帯電話が発見されたこと
- 被害者のロッカーキーがAさん車両のグローブボックスから発見されたこと
- 被害者殺害後の被害者の携帯電話の動きとAさんの動きが一致すること
- Aさんが事件の直前に灯油を購入し、事件後灯油を再購入している事実および本人の供述の不合理性
- Aさん車両のタイヤに高熱によってできたと推定される損傷があった事実
- Aさんに土地勘のある場所から被害者の遺品残焼物が発見された事実
- 動機の存在
- N社事業所従業員に犯人の可能性のある者が他に存在しないこと
- Aさんが被害者と最後に接触したこと
この事件の動機(状況証拠⑦)は、「三角関係のもつれによる女性の嫉妬」とされています。事件当時、マスコミも“恋愛がらみの殺人事件”としてセンセーショナルに報道しました。
嫉妬殺人に関する海外の司法精神医学の研究論文によると、この動機づけに問題があったのではないかと思われます。
確定判決が想定する殺害ストーリー
「2000年3月16日午後9時30分ごろから午後11時5分ごろまでの間、北海道千歳市、恵庭市またはその周辺において、被害者に対し、殺意をもって、その頸部を何らかの方法で圧迫し、同人を窒息させて殺害したうえ、同日午後11時5分ごろ、北海道恵庭市の路上において、被害者の死体に灯油をかけ、そのころ、同死体に火を放って焼損し、もって死体を焼損した」
この事件の確定判決によれば、犯人は手慣れた段取りで、殺害から遺体焼損までを実行し、現場から逃走したことになります。
最初に、この事件を考えるうえで重要な、二人の女性の体格および体力差に触れておきます。
Aさんの身長は148.2㎝、体重は48㎏で、スポーツは得意なほうではなかったといいます。先天的に右手薬指と小指の発達が遅れた短指症で、握力が19㎏と極端に弱く、ラーメン屋さんでアルバイトしていたとき、ラーメンの丼を取り落としたほどだったそうです。
それに対し、Hさんの身長は162㎝、体重は51㎏。学生時代は運動部に所属し、握力は45㎏くらいでした。
犯人は体格的に勝る被害者を、どのように殺害したのでしょうか。状況証拠により認定されたストーリーを追っていきます。Aさんは無罪を主張しているので、判決が推定した部分は、“犯人”と表現します。括弧「()」の時間はあくまでも推定です。
事件当日の3月16日は、男性社員6名、AさんとHさんの女性社員2名の計8名が残業をしています。
21時30分を過ぎごろ、女性二人は一緒に着替えをした後、連れだって退社し、駐車場からそれぞれの車を運転して、会社を出ます(状況証拠⑨)。
そして、そこから約2分の長都駅で合流します。(21時40分ごろ?)
Hさんは、普段駐車する駅北側の駐車場ではなく、南側の路上に駐車し、助手席上に、空の弁当箱の入ったバッグと汚れたブラウス2着が入ったビニール袋が置き、施錠して、“犯人”の車に移動します(21時45分ごろ?)。
Hさんは、苦手意識を抱いていた相手の車両助手席に乗り、“犯人”の運転で長都駅を出発します。
そして、北海道千歳市、恵庭市またはその周辺のどこかで、“犯人”は車を止めます(場所がわからないため、時間は推測できませんが、会社周辺から車で約25分の現場近くまで行ったのであれば、22時過ぎごろ?)。
車両は2ドアのため、“犯人”はいったん外に出て、被害者に不信を抱かせることなく、後部座席に移ります(その間、5分ぐらい?)。
後部座席に移った“犯人”は、不意に背後から頸部を圧迫する物(タオル)を施し、Hさんを窒息させて殺害します(5分以内?)。
“犯人”は再び運転席に戻り、焼損現場の北海道恵庭市の農道近くまで車を走らせます(現場には、遅くとも22時40分ごろには到着していないと、次の行動に間に合いません)。
車を止めた“犯人”は、車内から被害者の死体を引きずり出して、運搬。
そして、車に戻り、灯油10リットルが入ったポリタンク(状況証拠④)を持って、再び焼損現場まで移動します。
被害者の死体に目隠しをして、開脚状態にし、下半身、特に局部等を激しく焼損させるよう、持っていた灯油10リットルをかけて、23時5分ごろ着火します。
着火後、焼損現場付近に留まったのは5分ほど。タイヤ痕や足跡などすべて消すなどして痕跡を残さずに、その場を立ち去ります。
タイヤ痕は残さなかったのですが、タイヤは高熱で損傷したことになっています(状況証拠⑤)。
Aさんは、23時30分43秒、死体焼損現場から15㎞離れたガソリンスタンドに入ります。店の防犯ビデオにその姿が映っていました。給油して、自宅に向かいます。
その後、おそらく、車内に残った、糞尿、血液、毛髪、指紋などの痕跡を完璧に清掃したと思われます。そうしなければ、通勤に車両を使うのは不都合だからです。
そして、“犯人”は、車両内に置いてあったHさんのバッグから携帯電話を取り出し、3月17日午前0時5分31秒から同6分29秒までに4回、午前3時2分9秒から同38秒までに3回、合計7回発信したことになっています(状況証拠③)。発信先は、A社千歳工場代表電話、同施設管理室、Bさんです。Bさんの携帯電話は3月7日に紛失しているのですが、Bさんにも電話をしています。
ここまでが、5つの間接事実(③被害者の携帯電話の動きと一致する、④事件の直前に灯油を購入、⑤車両のタイヤに高熱によってできた損傷、⑦動機の存在、⑨被害者と最後に接触)から想定された犯行の経緯です。
(2020年7月25日)