『専門店』「世界の専門店拝見 こんな店・あんな店」2006年9月号に掲載された記事です。
ここ数年、BIO(オーガニック)の表記が目立ち、新しいタイプのオーガニック・ショップも次々と誕生している。
今回はそのひとつ、エドニーの共同経営者、シルヴィ・オベールさんに話を聞いた。
-これまでのオーガニック・ショップとは違う印象です。
フランスっぽくないですか? 私はフランス人ですけど(笑)。フランスの典型的なオーガニック・ショップは、むさくるしく、居心地がよくなかったので、これまでとは全く違うショップにしたかったのです。
-店の雰囲気も明るいですね。
製品の品質はもちろんですが、サービスの向上にも努め、パリの憂鬱を忘れることができる雰囲気作りを目指しています。高級エリアにある優雅なショップは、店員が気取っていて、サービスがよくありませんから(笑)。この店のモットーは、入りやすく、居心地が良く、親しみやすいこと。接客の質の高さも大切にしています。
-聞きなれない店名ですが。
エドニーは、“喜びのアート”(訳注:日本語では「快楽主義」と訳されている)を意味するエドニスムからの造語です。エドニーと女性形にしたのは、女性的な価値を重視しているからです。といっても、男性のお客さんもたくさん来ますし、彼らも心地よい店だと満足してくれます。
-オープンはいつですか?
2年半前になります。それまでは、アパレル業界でマーケティングの仕事をしていました。
-なぜ転身を?
ひとつは個人的な理由で、二人の子供のために生活の質を改善したかったからです。それに、20年以上同じ職種で、マンネリ化したことも原因です。ビジネスクラスで世界中を飛び回り、責任ある地位についていたのですが、次第に仕事への情熱を失ってしまったのです。新しい分野で全く違う経験をしてみたくなりました。何もしなければ、老けてしまいますからね(笑)。
-それで食料品店を?
都市に住む人をターゲットに、質の良さや快適さを提供したいというアイデアがはじめにありました。というのも、都会の生活は問題が多いからです。
-どういうことですか?
文化やアートにあふれたパリは、観光客にとってとても素敵な街です。でも、観光地が抱える矛盾というか、生活者にしてみれば、暮らしやすいとはいえません。子供や家族には暮らしにくく、質に見合った生活をするのが困難です。住宅費は高いし、日常生活が不便になりがちなのです。たとえば、この周辺にあった食料品店は、洋服のブティックに変わってしまいました。ですから、都会人が快適に暮らすために必要な日常食品を提供したいと考えたのです。
-全てオーガニックですか?
フランス製については、オーガニックの保証マークが付いた商品をそろえています。輸入品にはオーガニックのラベルはないのですが、それ相応の製品だけを扱っています。地方の小規模な生産者が良質の原料を使い、ほとんど加工しないで、本来の手法で作ったものです。素材の悪さを隠すような香料や保存料といった化学添加物も使用していません。
-種類は豊富ですね。
約3000種類です。製品選びは非常に厳しく、すべて味見をします。グルメを喜ばすというより、お店のコンセプトに一致しているものをおきます。お客さんが満足しないのであれば、別の製品と交換します。品質はよくても、それがいつもおいしいとは限らないので。お客さんがおいしいと言ってくれることが一番です。
-どんな製品がありますか?
毎日食べる食品をそろえています。まず、新鮮なパン。毎日おいていますが、週に2回、月曜と木曜にオーガニックのパンが入ります。紅茶はロシアのクスミティーを扱っています。オーガニックではないのですが、自然製法でとても香りのいい紅茶です。ハチミツは汚染の影響をもろに受けるので、厳選しています。それから、新鮮なフルーツだけを使った手作りジャム。市場に出回っているジャムの9割以上は冷凍保存した果物を使用していますが、ここのジャムは違います。それから、子供向けの食品も売れ行きがいいですね。
-野菜や果物もありますね。
野菜や果物は旬のものだけを仕入れています。季節感のない高級店のように、クリスマスシーズンにチェリーをおいたりしません。トロピカルフルーツであっても、その国の収穫時期にだけ輸入します。
-食品以外の製品は?
アロマテラピーの精油や、環境に優しい洗剤、マルセイユ石鹸、スキンケア製品も少し扱っています。
-見慣れないブランドが多いほうですが。
ほとんどの製品が大々的な広告をしていません。ここにある商品は品質第一で、大量生産をしていないのです。無名ブランドを売るのは難しく、初めて見るお客さんは、「これは何だろう?」と疑心暗鬼になります。でも、「ああ、オーガニックなんだ」と気づき、安心するようです。最初は私たちが製品を選んでいましたが、今ではお客さんからアドバイスをもらうこともあります。「友達がこういうものと作っている」と情報が入りやすくなりました。オーガニック業界は狭いので、情報交換が盛んなのです。
-この近くにはオーガニックの市場が開かれますね。
市場は日曜だけなので、「やっとお店ができた」と喜ぶ人がたくさんいます。店がある6区はどちらかというと知的階層が多く、お客さんはすでにオーガニックを知っていて、私たちのコンセプトに理解があります。次第にお客さんが固定化してきました。
-フランスではオーガニックへの関心が高いですか?
狂牛病といった問題で、食品の安全性についての意識が高まったのは確かです。特に、子供のアレルギーも深刻ですし。さらに、フランス社会は高齢化しています。長生きするようになれば、高齢者の病気が増えるのは当然のことで、食べ物にも気を使わなければなりません。ただ、フランスではものごとがとてもゆっくりと動きます。フランス人は少し頑固なところがあり、メンタリティが変わるのに時間がかかりますね。
-生産者はどうですか?
ドイツといったオーガニック発展国と比べて、フランスは遅れています。フランスの農業システムは複雑で、農業政策は大企業を支える仕組みになっています。権力を持つ大企業は、オーガニック農産物を作っていません。政府から補助金を得て、化学肥料や殺虫剤を使用して大量生産を繰り返しているのです。米国に次ぎ、フランスは世界で2番目に汚染された農産物を生産している国なのです。化学肥料や殺虫剤を使うのは経済的だからで、まず経済が優先されるのです。
-生産者は厳しい状況ですね。
オーガニック農業は費用がかかり、障害が多いですね。オーガニックの認定を得るのにもお金がかかります。私がラベルにこだわるのは、その製品がどうやって作られたか明らかで、品質が確かだからです。偽物はおきません。製品に含まれる香りにさえ慎重になります。香りづけにフランボワーズのピュレを加えるのはいいのですが、そのフランボワーズが認可されているかどうかも追跡します。3ヶ月貨物船に乗ってくる食品もあるので、その途中の冷凍や冷蔵の状態、運搬方法といったルートも知ったうえで商品を選択します。
-今後の計画は?
商品をさらに充実させたいですね。興味のある製品はたくさんあります。フランスにはまだ入っていない日本の食材とか。ユズは日本から輸入しています。2~3月のとても短い期間だけですが。おいしいく香りがいいユズは、ビタミン豊富な素晴らしい食品です。
20年ほど日本企業と仕事をしてきたというシルヴィさんは、大の親日家。九州好きで、ユズをショップのロゴにまで使っている。
「何か新しいものを発展させたいのです。本質的なもの、良質なものを発信していきたいと思っています」と彼女は語る。
真の食材を求めて精力的に動く彼女は、店に並ぶ新鮮な野菜のように、純粋で生き生きとしている。その熱意に共感して、多くの客が集まるのだろう。
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