10月13日(土)、日比谷野外音楽堂で「さようなら原発集会」が開催され、6500人が参加しました。Yaeさんのコンサートで幕を開け、鎌田慧さんの主催者あいさつ、そして、落合恵子さんの「民意を国会に届けましょう。何度はじかれようと、何千回門前払いをくらおうと、反原発の私たちの意志をこの思いを葬り去ることは決してできないのだと、思い知らせましょう」とのメッセージが紹介されました。
つづいて、高橋哲哉さんが登壇し、「福島原発事故の後、あらためて三つのことを痛感させられました。国は国民を欺き、見捨て、国民以外の住民を無視あるいは排除するものである。私たちは今度こそ、まずは人の命や尊厳を最優先に考える国、政府に国に変えていかなければならない。現状はきわめて厳しい。この社会は今、闇の中に入ってしまった、と感じています。この闇の中で私たちは、少しでも多くの光を次の世代の人たちに引き継いでいきたい。その第一歩が、脱原発、原発の廃止だと思います」と講演。
福島県郡山市の森園かずえさんは、「再び地震は起きませんか? 誰が断言できますか? フクイチは終息していません。ここ東京が何も変わらず安全に生活できているのは被ばく労働作業員の方々がいるからです。そのことを絶対忘れないでください。人間の手に負えない原発はもう、造っても再稼動してもいけないのです」と訴えました。
10月1日に工事再開が決まった大間原発に反対する「あさこハウス」の小笠原厚子さんが緊急アピールしました。「私の母、熊谷あさこは、工事を一四回止めました。工事計画を白紙に戻し、そのおかげで稼動する年が平成22年から24年に延びました。もし母が、強固ないじめや嫌がらせ、村八分に耐え切れずに土地を電源開発に売っていたら、今ごろ大間原発は稼動していました。これ以上原発を動かす必要はありません。新規の原発は一基たりとも増やしてはいけないのです。原発ゼロといったんじゃないですか? 政府はウソつきです」
大江健三郎さんは、「私たちがさまざまな形で原発をなくすという決意を表明しつづけて、希望しつづけている。それに対し、内閣は決議すらしない。私たちに対する、私たちの世論に対する根本的な侮辱であります。それに対抗しなければならない」と述べたうえで、中国の作家・魯迅の言葉「希望はもともと有るものとも無いものとも言えない。それはまさに地上の道のようなものだ。本来、地上に道は無く、歩く人が増えればそこが道になるのである」を引用し、次のように語りました。「私たちがこれから大きい行進をすると、そこに大きな道ができるのです。この地上の道のようなものとして、希望があるのだと。私たちは集まって歩くことで希望が生じると、魯迅は言っています。政府も産業界もいかなる希望も私たちに示さない。私たちは自分たちで希望を作り上げることができる。人々が集まって、そこに無かった道を創ってゆこうとするのが、私たちの反原発への行進であって、それが私たちの希望を創るということです。しっかり歩きましょう」
最後に、城南信用金庫理事長の吉原毅さんが、「会社はそもそも、人々の幸せな暮らしのために存在している。それに反する原発産業は相容れないものです。目先のお金や株価が下がることを心配して原発を動かすのではなく、地域社会や長期経営を重視して企業活動を行うことが本当の企業活動といえます」と閉会のあいさつ。
この後、参加者は日比谷公園を出発し、東電前、銀座、東京駅、常盤橋公園までパレードしました。
『さようなら原発通信』 1号
「支援法」基本方針の閣議決定に怒り。
意見を聞いておいて、それを反映しないでものごとを決めるなど、民主主義とはいえないことは、小学生でもわかるのではないかと思う。