原発事故から3か月ー福島から札幌へ

昨晩、札幌市内の駅から外に出て、まず、大きく深呼吸をしました。
空気を思いっきり吸い込む。そんな当たり前のことに、この上ない喜びを感じました。

23日から昨日の夕方まで、福島市に滞在していました。
外出のときは、マスク着用。
「濡れたハンカチをマスクの内側にはさんで!」との友人のアドバイスに従ったのですが、息苦しいのなんの。
滞在中はほとんど毎日雨で、帽子と長袖のジャケット、足がすっぽりかくれるシューズ、そして傘。
こんな重装備で歩いていました。

初夏の福島は、深緑美しい季節。
木々の葉はみずみずしく、田植が終わった田んぼは青々とし、桃の木は小さな実をつけはじめています。

放射線はまったく目に見えず、匂いもせず。
でも、放射線量の数値からも、放射線がここ一帯を汚染しているのは明らかです。

目の前に豊かな自然が広がっているのに、暑苦しい格好で歩かなければならないのは、とても哀しい。

もちろん、何も気にせずに、普段どおりに歩く選択もできたでしょう。
福島の放射線量は約毎時1.39マイクロシーベルト。札幌の約4倍です。
これだけの放射線に身をさらす気持ちには、なれませんでした。

マスクをつけたりはずしたり、傘や衣服についた雨を気にしたり。
福島市での5日間は、かなり神経質になってしまいました。
福島の人々は、そうした生活を3ヶ月も送っているのです。
「3ヶ月は精神的にもう限界」 何人かの方が、そうおっしゃってました。

福島の人々は、芽吹く大地を目にしながら、その喜びをかみしめることができないでいます。

仙台から福島へ向う列車の窓の風景。

同じく列車のなかから。

送電線が恨めしい。

伊達市のあたり。

伊達市を過ぎて福島市へ。

郡山市から2駅の磐城守山。

福島市の県庁近くのもみじ山公園。

福島市内の御倉亭(旧日本銀行福島支店長役宅)。

御倉亭から見た阿武隈川。

福島市の信夫山。

「遊ぶ」と題された彫刻。
子どもたちは、のびのびと遊ぶことさえできないのが、今の福島です。

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