海外メディアの記事や原子力関係のサイトを読んでいると、信じられないほど恐ろしいことになりそうな気がする。
気がする、ではなく、彼らの意見のほうが正しいのだと思う。
フランスはエネルギーの約70%を原子力に頼っているが、だからといって、原発が安全で国民が信用しているわけではない。
事故もたびたび起きている。
ということも、今回の福島原発事故ではじめて知った。
フランスは、国の原子力関係機関も、反対の立場の機関や団体も、HPに掲載されている情報量がものすごく多い。
安全性に関する資料は、とても数時間で読みきれるような薄っぺらなものではない。
危険だからこそ、推進派の国は、これだけのデータを公表し、国民を安心させようとしているのだ。
反対派の情報も負けていない。福島原発の情報は、フランスのほうが詳しいとさえ思えてくる。
それでも、フランスではまだ、ドイツほどには反原発運動が盛り上がってないという。
政府や東電の対応に唖然とするが、記者会見などを見ていると、取材する側もそれほどわかって取材しているとは思えない。
こんなに恐ろしいものをこんなに簡単に造ってしまった要因のひとつに、メディアの責任もあると思う。
自戒を込めて。
これ以上の恐怖はいらない。そのためにできることをしたい。
この状況のなか、映画「博士の異常な愛情」を思い出してしまった。
核を扱う人物で最も怖いのは、テロリストでも独裁者でもなく…。
公的でも民間でも、組織なかで自分が見えなくなってしまった人たち。
これ以上の恐怖は、本当にいらない。