女が変える政治もくらしも原発も! 女性議員を増やそう

2012年8月29日、衆議院第一議員会館で開催された「女たちの一票一揆 女が変える! 政治もくらしも原発も」では、“女性議員をいかに増やすか”が議論された。

「原発事故から1年半、20ミリシーベルト撤回請願や陳情、座り込み、ハンスト、デモ…、女たちはやることをすべてやりつくしてきました。6月7日、福島の女たちが官邸に押しかけ、『総理の心に響くように思いを伝えてください』と訴えた翌日、野田総理は大飯再稼動を決めました。もういい加減にしてください。もぐらたたきはもうたくさん。やってもやっても、次から次とあの手この手ですよ、この国の政府は。政治を変えるしかない。全国のたくさんの女たちがそう思っています」と発起人の泉かおりさん。

「いろいろなことをやりましたが、期待したほどの結果が出ていない。ここで仕切り直し、今まで遠いものだった政治を、私たちの身近なものにし、未来を作っていくということをひとりひとりが自覚し、主権を取り戻し、主権者であることを再認識する。まずそこからではないか。政治を変えるには、私たちが政治をになうという自覚をまずしなくてはいけないと思います」

泉さんは、札幌の市民団体が6月に福島で行った保養相談会に駆けつけ、そのとき、「30万人の福島の子どもたちを守るには、札幌で保養なんかしていてもしかたがない。国会の半分を、“再稼動を止め、子どもたちを避難させよう”という国会議員で、合法的にオキュパイするしかない」との思いを強くしたそうだ。

「6月29日の第1回の女の集会以来、ずっと女の候補者を探しています。『国政選挙はちょっと』とか『政治は遠い』とか言いますが、だから、日本はこうなったのではないでしょうか。政治を変えずに、原発を止めることができるでしょうか?」

日本の女性議員の割合は極めて低い。列国議員同盟(IPU)の調査(2012年6月)によると、衆議院が10 .8%で世界107位。短絡的ではあるが、この順位を原発保有国の関係でみると、脱原発の北欧はスウェーデン4位を筆頭に13位までに入っており、脱原発を決断したベルギーが16位、ドイツが21位、スイスが32位。逆に、原発推進のフランスは33位、イギリスが56位、アメリカ59位、韓国84位となっている。

日本の地方議会の女性議員数も一割に満たない。総務省発表の2011年の調査結果によると、各議会の平均は、都道府県議会8.5%、市区議会13.3%、町村議会8.4%。原発立地県の地方議会の女性議員割合は、平均より一般的に低い。福島県は県議会の女性議員の割合は13%だが、町村議会は5%。町村議会は、青森3.7%、茨城10%、新潟10%、福井6%、静岡5.8%、島根4%、愛媛4%、佐賀5.7%、鹿児島3.5%。これでは、原発立地町村の女性たちの声はほとんど届かない。

東京はじめ首都圏は女性の社会進出も高く、女性議員の数も多い。しかし、地方はいまでも、女性の地位は低く、選挙で勝ち抜くまでの障害が大きい。政令都市といえども、札幌でさえ、女性が当選するのは至難の業だ。

「『一票一揆』という素晴らしい集いに参加させていただき、大変うれしく思っております。私は、女の地位が本当に認められない都路村(現・福島県田村市)という過疎の地域で、46歳のときに、村議会議員に立候補しました」

70歳の渡辺ミヨコさんは、少し遠慮がちに話はじめた。原発から20キロのところに住んでいたが、現在は孫を連れて避難生活をしている。

「『男の人たちは真実をしゃべらない、これでは子どもたちを守ることができない』 そう思い、立候補しました。120票で当選なのですが、80票で落選しました。女の私じゃなくても良かったんです。『お金を使わない、村を守るための選挙をやってください』と、男性議員さんたちにお願いして回りました。そのとき返ってきた言葉は、『男がそんなことをやってられるか。男は金使わなきゃ当選できないんだから、金使わない落選する選挙はやってられない』でした」

こう言われて、「女が出るしかないのか」と思った渡辺さんは、地域の優秀な女の人たちに頼んでみた。隣町出身の渡辺さんは、その土地での地位はなく、性格も控えめだった。しかし、村の女性たちかそうだ。隣町出身の渡辺さんは、その土地での地位は低く、性格も控えめだった。しかし、村の女性たちからは、「私はこういう立場にあるからできない」「私はこういう立場なんだからできない」とことごとく断られた。

「『あんたは何にもないからやったらいいべ』と言われているように感じました。それで勇気を振り絞って立候補して、落選したんですけど。そのときに、『真実をしゃべるということは、本当のことを言うというのは、天から与えられた使命なのではないか』と感じました。こういう状況になった今、女性たちが、原子力に対して真実を叫ぶために、世界中を動かすために、一票一揆という集会を開くのは、とても素晴らしいと思います」
「放射能から子どもを守る福島ネットワーク」の佐藤幸子さんも、立候補した経験があるという。

「21年前、町議会議員選挙に出ました。妊娠9ヶ月のときです。町で空中散布はじめた後だったんですね。町にはひとりも女性議員がいなかったんです。ひとりでも女性議員を、そして、空中散布は子どもの命のためにやめる。この2つのために立候補しました」

街頭演説は2日間しかできず、惜しくも落選した。「でも、話が一番わかりやすいといわれましたよ」と笑う。

「仕事をしてたんですよね、仕事を休むわけにはいかないんですよ。本当はそういう人も立候補できるべきではないですか。誰でもが住民の声になることができる。そういう環境がないこと事態おかしいんですよ。女性が議員になれない。子育てしなければならない、親の面倒をみなければならない、帰ってきた旦那の洗濯をしなければならない。そんなことばかり女性はやらされて。『政治に口出しする必要はない』と言われ、どんどん政治から遠ざかり、投票率は下がる。若い人たちは『政治などどうでもいいや、目の前の楽しいことばかりやればいいよ、政治は関係ないよ』となってきてるんですね。それを変えていかなければいけない、と思います」

女性が議員になるのは難しい。そう実感しているが、佐藤さんはこう続けた。「自分の暮らし、自分の家のように、町、県、国のことを考え、自分の家の家計簿をつけるように、町や県、国の会計をやりましょうよ」

25年間海外で生活していた泉さんは、「3・11が起きてはじめて、日本は民主主義の国ではなかったのだな」と気づいたそうだ。アメリカのほうばかりみている日本。原発だけではない。オスプレイ、TPP、消費税。民主主義であれば、こうしたことまかり通るわけがない。

「7年間、ムガベ大統領時代のジンバウエに暮らしました。野党に投票したら、放火され、殺されるような国でした。選挙ごとに死傷者が出るんです。それでも、女たちは、命がけで、子どもたちのために1票投じに行き、長い行列に並んでいました。反対を表明したら、食糧援助ももらえない。そういう国で、女たちはどもたちの未来のために、できることをやっていました。私たちにもできると思います。いまは追い風が吹いています。このときを逃しては、日本を変えられない。私たちの暮らしと子どもたちの未来と命を守るために、大人の女たちは何ができるのか。人任せにしないで、自分で知恵を絞り、男たちともつながり、政治家ともつながり、一歩を踏み出すべきではないかと思います」

(2012年10月2日)

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