恵庭OL殺人事件の第1次再審請求は2014年4月に棄却

2000年3月に北海道で起きた殺害・遺体損壊事件、いわゆる恵庭OL殺人事件は、2006年10月、有罪が確定しました。

有罪確定から6年を経た2012年10月15日、第1次再審請求を札幌地裁に申し立てました。

請求人である女性(以下、Aさん)は、弁護士らが再審請求の話を持ちかけたとき、「悪女と言われた記憶がよみがえる。裁判にはもうかかわりたくない」と、迷いが大きかったそうです。

それでも、検察の証拠開示で目撃証言が隠されていたことが判明し、また、燃焼工学の専門家による鑑定意見書で科学的証拠を得たことが、Aさんの心を動かしたといいます。

第一次再審請求において弁護団は、新たな証拠として、「10リットルの石油の燃焼で9㎏の体重減少は生じず、内臓までの炭化には至らない」ことを示す、燃焼工学の専門家の鑑定意見書と、Aさんのアリバイ成立にかかわる炎を見たという目撃者の供述調書などを提出しました。

札幌地裁、弁護団、検察官の三者協議が数ヶ月続けられ、札幌裁判所は、新証拠に注目し、慎重に検討しているとみられていました。2013年9月には異例の現場調査も行っています。

しかし、2014年4月21日に札幌地裁(加藤学裁判長)が出した決定は、再審請求の棄却。

検察が初めて開示した目撃証言や遺体に模した豚の燃焼実験などによるアリバイ立証を、裁判所はことごとく否定し、確定判決の状況証拠をなぞる形で、請求人を犯人だと結論づけました。

札幌地裁が積極姿勢をみせていただけに、棄却の決定に弁護団の驚きも大きかったようです。

「信じられない。一審、二審よりも後退した。」

弁護団の記者会見で、伊東秀子主任弁護士は地裁の決定に激しい怒りを表明しました。

13年から再審弁護団に加わった木谷明弁護士(第二東京弁護士会)は、「この事件はミニ袴田事件だと思っている。今回の札幌地裁のような決定をしていれば、誰からも裁判所は信用されなくなる」と裁判官出身者として強い口調で憤りをあらわにしました。「こんな判決を書いて平気な顔をしている裁判官をぶんなぐってやりたい気分だ」と口走る一幕も。

札幌地裁の門前で棄却の報告を聞いた大越さんの父親は、「ひどい(決定)…けど、これが日本の裁判なんだよね」とぽつり。

Aさんは、服役中(当時)の札幌刑務所で、棄却の決定書を読み、接見した新川生馬弁護士に、「こんな内容の紙きれで、私の人生が決まってしまうのでしょうか。開かずの扉は本当に開かない」とこぼしたそうです。

ただ、Aさんは、再審請求の可否が出る前から、不信感を抱いていたといいます。

「一時は(再審に)希望をもったけれど、あまり期待したくない。一審でも控訴審でも、裁判官からは“犯人”という目で見られていて、私が何を言ってもダメだった。裁判所がちゃんと裁いてくれる、と思っていたのに…。今回も同じような絶望感を味わうかもしれない。裁判所を信じられない」と伊東弁護士に語っていたそうです。

棄却の決定を受けて、弁護団は即時抗告を申し立てますが、2015年7月17日に棄却。特別抗告も2016年5月26日に退けられました。

第一次再審請求審で新証拠を検証

2012年10月15日の再審請求申し立て以降、ほぼ毎月、裁判所、弁護士、検察官による三者協議が続けられました。

再審請求の三者協議が数か月におよぶのは異例ともいわれ、札幌地裁は、再審決定に前向きな姿勢をみせてもいました。

弁護団が提出した新証拠は、燃焼工学の専門家による鑑定意見書、検察が初めて開示した遺体発見現場の近隣住民の供述調書、そして、「被害者は後ろ手に縛られていた」とする鑑定書などです。

弁護団は2011年9月上旬、弘前大大学院の伊藤昭彦教授(燃焼学)を中心とする専門家チームらが豚を使った燃焼実験を実施。この時に得たデータを分析した伊藤鑑定書等によれば、「豚の燃焼実験の結果では、灯油10リットルをかけて燃焼したところ、体重減少は1.3㎏」で、「被害者の遺体のような9㎏の体重減少は生じない」とされ、「シミュレーション及び実験結果によれば、灯油のみで遺体を燃焼させた場合、9㎏の体重減少が生じるのに必要な灯油の量は54.7リットルで、燃焼時間は約2.4時間となる」との見解を示しました。

また、「灯油10リットルを一気に使用して52.5㎏の豚を燃焼させた場合、表皮は黒く炭化しても、筋肉内部は熱変化を受けず、遺体のタンパク質や脂肪が独自に燃焼することはない」とも指摘しています。

もうひとつの重要な新証拠は、遺体発見現場の近隣住民2人の供述調書2通、捜査報告書5通です。炎を見たという目撃者の供述は、請求人のアリバイ成立の重要なカギとなります。

目撃者のひとりY氏の供述調書および捜査報告書によれば、「最初に炎を見たのは、午後11時15分。午後11時22分には、炎の大きさは最初の時の3分の1くらいで、午後11時42分の炎の大きさは最初と同じくらい。午前0時5分に見た炎は、最初の時の3分の1くらいの大きさだった」といった供述でした。

Y氏は、午後11時から犬の散歩を行うことを日課にしており、3月16日は、「午後11時ごろの天気予報のテレビを見て雪の状態を確認し、家から出るとき時計で時間を確認したため、時間をはっきり覚えている」とも述べていました。

この炎の大きさの変化に対し、燃焼実験を行った伊藤氏は、「犯人は複数回に分けて遺体に燃料をかけて焼いたと推定せざるを得ない」と証言しています。鑑定書にあるように、灯油10リットルを一気にかけて燃焼させた場合、着火から約10分後には肉眼では炎が見えにくいほど小さくなるからです。

Y氏が午後11時42分に最初と同じくらいの大きさの炎を見たのであれば、犯人は、少なくとも午後11時42分の直前にも遺体に燃料をかけて燃焼したということになります。

そうすると、午後11時30分43秒にガソリンスタンドにいたのが証明されている請求人は、完全なアリバイが成立します。

しかも、この第1次再審請求で、検察側が捜査段階の供述調書を隠していたことも判明しました。2000年3月17日付のY氏の供述調書では、着火時刻が「午後11時15分」だったのですが、起訴状では、15分前倒しにし、「午後11時ごろ」と変更していたのです。

さらに、「被害者は後ろ手に縛られており、体力と体格に劣るAさんが単独で後部座席から頸部圧迫するのは物理的に不可能」であることを主張した鑑定書も提出されました。

上野鑑定によれば、「被害者の両手首に横に紐状物で縛ったと思われる痕跡が見られ、遺体は後ろ手に縛られ抑臥位にされた状態で死後焼損された可能性を否定できない」とあり、伊藤鑑定でも、「被害者の右腕、右手、左手首の皮膚は黒く炭化せず皮膚の状態であることから、焼損前の遺体の右腕と左腕とも背中の下に位置していたものと推定され、後ろ手に縛られていたような何らかの人的な作用があったと考えるのが合理的である」としています。

検察側は意見書の提出を渋り、再審請求を申し立ててから10ヶ月近く経った2013年7月29日にやっと、「灯油10リットルでは死体が炭化する焼損には至らない」と弁護側に反論する須川修身氏(諏訪東京理大教授)の鑑定書などを提出しました。

検察側の意見書は、「被害者の死体が受ける熱量についての計算方法自体に誤りがある」「被害者の死体の体脂肪、筋肉等のタンパク質が燃焼することを考慮していない」「実験結果をそのまま被害者の死体の焼損状況に当てはめることはできない」と伊藤鑑定書を否定しています。

伊東弁護士によれば、その意見書では、「本件再審請求は主張自体が失当」「新証拠は信用性がないか確定判決の事実認定を覆すに足るものではない」とし、再審請求を速やかに棄却すべきと主張していたといいます。

弁護団は、「(検察は)正面から反論すべきことは何もない」「検察が苦しい立場に追い込まれたことを自ら認めているに等しい」と意見書の中身の薄さを指摘し、この7月31日の第9回三者協議で、裁判所が事件現場の調査を行うことを表明したこともあり、再審開始の自信を深めてもいたようです。

再審請求の協議中の9月20日、札幌地裁の加藤学裁判長は、全国的にも極めて異例ともいえる恵庭OL殺人事件の現場の調査を行いました。

弁護団と札幌地検検事の立ち会いのもと、焼損現場および地元住民が炎を目撃した場所、請求人が立ち寄ったガソリンスタンドまでの経路などを調査。大越さんと被害者が勤務していたN社、被害者の自家用車が発見されたJR長都駅付近も確認しました。

新証拠を否定して再審請求を棄却

札幌地裁が再審請求の棄却の決定を出したのは、4月21日午後1時。

加藤学裁判長は、確定判決が認定した状況証拠9つのうち、6つを挙げ、「これだけの間接事実が偶然に重なるとは到底考えがたい。これらの間接事実を総合したときの、請求人が犯人であるとの推認の程度は高度のものがある」と結論づけました。

新証拠については、「灯油10リットルでは被害者の死体が炭化状態になることはない」という伊藤鑑定に対し、「被害者の遺体に灯油10リットルをかけて燃焼した際に、被害者の遺体が独立燃焼する」として、主張を排斥。

「灯油が燃焼したときの火炎の温度は1000度の高熱の炎に直接さらされて破壊し、その部分から皮下脂肪が溶け出すこともありえる」「溶け出した皮下脂肪が着衣を芯として燃焼し」、その「炎にさらされた部分の皮下脂肪が溶け出してさらに燃焼するという過程(独立燃焼)が成立し、灯油がなくなった後も繰り返され、その結果、被害者の死体が炭化する程度まで焼損する可能性がある」という判断です。

しかし、この“独立燃焼”の科学的根拠は示していません。

また、伊藤鑑定が豚を使った実験についても、確定判決、控訴審判決と同様に、「豚と人の違い」を挙げて否定しました。

「豚の皮膚は、人の皮膚に比べると、蛋白組成及びその量は類似しているが、表皮は厚く硬化し、汗腺は退化し、脂肪腺は少なく、高湿下における皮膚からの水分散率は人に比べて少なく、体毛が密生しているから、豚と人が、皮膚の熱に対する耐性等まで類似しているとはいえない」

炎の目撃証言に関しては、Y氏が最初に炎を見たのは午後11時15分ごろで、炎の大きさは人の身長を超える程度の大きさがあった「可能性が一応ある」とし、「請求人にはアリバイが成立する可能性が一応あることになる」と認めながらも、「新旧全証拠を相互して確定判決等の当否を判断」したうえで、「情況証拠により、請求人が犯人であると高度に推認され、特段の事情がない限り、その推認は翻らない」とアリバイ成立を否定し、検察が目撃証言を隠していたことについての指摘はありませんでした。

被害者の死体が後ろ手に縛られていたことも、「調査報告書の写真を見る限り、線状痕様のものが存するとは認めがたい。死体を解剖した寺沢も、左手首には何らの指摘をしていない」などとして、認められないとしました。

確定判決が有罪の根拠にした間接事実9点のうち、3点は確定審の判断を否定したものの、「被害者の携帯電話の大まかな位置と請求人の動きが一致する」「請求人が本件直前に購入した灯油が発見されておらず、それについての弁解が不自然」「動機がある」などを挙げ、「これだけの間接事実が偶然に重なるとはとうてい考えがたい」「請求人が犯人であるとの推認の程度は高度なものがある」としました。

「確定判定の認定は相当ではない」としたのは、「車両のタイヤに高熱によってできたと推定される損傷があった事実」、「土地勘のある場所から被害者の遺品残焼物が発見された事実」、「被害者と最後に接触したこと」の3つです。

「動機の存在」は、確定判決等の「動機があるとした評価」は妥当であるとし、犯人であることを推認させる一定の力があると評価できると判断しています。

ただ、「被害者のロッカーキーが車両のグローブボックスから発見されたこと」においては、合理的な説明がされていません。

N社事業所の女性従業員は、全員ロッカーに鍵をかけていなかったため、「ロッカーキーの所持が犯人であることを強く示すとはいえない」とし、「請求人が気づかないうちにロッカーキーを身に付け、請求人がグローブボックスを開けたときにそのロッカーキーがグローブボックス内に落ちるとも考えにくい」とも述べています。そのうえで、ロッカーキーがグローブボックス内にあったことから、「請求人が被害者のロッカーキーを意図的に所持していたと推認でき、請求人が犯人であることを 一応は示す」と判断しています。

また、「被害者殺害後の被害者の携帯電話の動きと一致すること」において、弁護人は、確定審での作成者の証言どおりの方法では携帯電話の位置等を記録した書面(甲213、甲304)を作成できないことを明らかにした新証拠を提出していました。

これに対し、作成できないことは認めながらも、「同書面の記載内容は正確」と、弁護人の主張を否定しました。そして、「請求人が所在していた場所はおおまかな枠内ではあるが一致しており、このことは請求人が犯人であることを相当程度推認させる」と、確定判決等の認定及び評価を相当と判断しています。

請求審決定は、「可能性」や「一応は示す」といった表現が多用されています。

「石油10リットルでも遺体が独立燃焼で炭化する可能性がある」は、裁判所が科学的根拠なしに、単に可能性を述べているだけです。

アリバイについては、「午後11時15分ごろの炎の大きさは人の身長を超える程度だった可能性が一応ある」「請求人が犯行を行うことは不可能である可能性があり、アリバイが成立する可能性が一応ある」と、アリバイ成立に有利な“可能性”を並べながらも、「犯人であるという推認は翻らない」という結論を導いています。

状況証拠についても、「確定判決の動機の評価も妥当で、犯人性の判断に一定の力がある」「グローブボックスにロッカーキーがどのように入ったかはわからないが、ロッカーキーを所持していたのだから、犯人であることを一応は示す」「被害者の携帯電話の動きとおおまかな枠内ではあるが一致するため、犯人であると相当程度判断できる」といった具合です。

つまり、犯人性ではない可能性をすべて排除し、再審を棄却したのです。

(2020年7月28日)

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