『週刊女性』2014年3月11日発売号に掲載された記事です。
「最初は放射能が怖かったです。妊娠できなくなったらどうしようかなって。でも、今は心配していません」
そう話すのは、2か月前から福島県福島市内で除染作業員として働きはじめた半沢恵子さん(仮名)。華奢で色白、少女のあどけなさが残る19歳。仙台出身の半沢さんは、知り合いの紹介でこの業者に入った。
「もともと口下手なので、こういう仕事が向いているのかな、と思って」
除染とは、生活空間の放射線量を減らすために、土壌を剥ぎ取ったり、壁を洗浄したりして汚染物質を取り除き、もしくは土で覆うといった処理をいう。2012年1月に『放射性物質汚染対処特措法』が施行され、国の事業として除染事業がスタートした。線量の高い福島県内11の除染特別地域は国が直轄で、福島県や宮城県、栃木県など8県約80市町村は各自治体が中心となり、除染作業が行われている。
福島市では現在でも、学校を含む公共施設、道路、宅地などの除染がつづく。作業員のなかに、若い女性の姿を見かけることも。彼女たちは、主に住居の除染にたずさわる。
半沢さんが除染作業を選んだ一番の理由は、日給1万3000円の賃金に惹かれたから。基本的に1日7時間労働なので、時給に換算すると約1857円。福島の最低賃金675円(2013年10月現在)に比べてはるかにいい。
「以前は飲食店とかでバイトをしていました。正社員になりたかったんですけど、就職できなくて……」
現場では除染後の線量を測定するモニタリングを担当。
「こういう仕事は初めてですが、屋外で働くのはけっこう好きです。同僚の女性も20歳だし一緒に働くのは楽しい」
恥ずかしげだった彼女の表情がパッと明るくなった。
「親は心配していましたが、“楽しい”っていつも電話で言うのを聞いて、今は応援してくれています」
半沢さんが働く業者は、従業員30人ほどの3次請け。
「うちは、女性にモニタリングだけやらせてます。女性のほうがきっちりしていて、記入漏れがないんですよ」と代表取締役の佐藤一郎さん(仮名)。
さらに、「被ばく線量は毎日測定してますよ。元請が朝礼で線量計を配布し、作業中は胸につけるんです。帰りにその線量計を返却し、データは2次請けが記録、元請に報告します」と説明する。
「放射能の関係で、若い女性を雇わない事業所もありますね。これから結婚して妊娠するので。でも、福島市内は線量が下がってますし」
除染業者は楽観的だが、福島県の『放射能測定マップ』によると、福島市内の放射線量は、毎時0.1~0.6μ㏜台を推移し、他都道府県の線量0.04μ㏜前後よりかなり高い。福島市は福島第一原発から北西に50km以上離れているのに、この線量だ。
福島市では、除染の長期的目標を年間1m㏜、毎時に直すと、0.23μ㏜以下に設定している。これは『原子力基本法』が定める、一般人の年間被ばく限度量だ。
ところが、現在の福島市内には高線量地区が点在し、計画通りに除染が進んでいない。
各地域の除染の進捗情報は、福島駅近くの『除染情報プラザ』で確認できる。この施設は、除染について理解を深めてもらう目的で、環境省が2012年2月にオープン。展示や模型を使って除染に関する情報をわかりやすく発信している。「安心・安全」を印象づけるグリーンとホワイトを基調にした館内からは、放射能の危険性は全く伝わってこない。
除染をすることで将来、若い女性の身体に何らかの影響が出ないのだろうか……。
除染では、土壌を剥がすときに高濃度の放射性物質を含む粉じんが飛び、それを吸い込むなどして、内部被ばくの可能性が高くなる。
被ばく労働者の相談にのっている『ふくしま連帯労組』の組合員は、「除染作業は被ばく労働です」と断言する。
「福島は生活空間の線量が高く、それを基準に判断してしまうので、ここにいると放射能に対する感覚がマヒしてきますよ」
そうした雰囲気ゆえ、“気にしていては仕事にならないよ”と被ばく防護対策がおざなりにならないか懸念する。
「被ばく限度や線量測定値の記録・管理などの厳しい規定があり、事業者はこれに従わなければならない。マスクをつけるなど細かくマニュアルが定められていますが、ガイドラインはあっても、守られてないですね」と先の組合員。
その規定とは、厚生労働省が、除染などの作業員の被ばくを低減させる対策として施行した『東日本大震災により生じた放射性物質により汚染された土壌等を除染するための業務等に係る電離放射線障害防止法』。
この法律では女性の就労も認めているが、女性の被ばく限度は3種類に分かれている。
妊娠する可能性がないと診断された女性(男性と同等)は5年間で100m㏜かつ1年間で50m㏜。この数値は原発施設で働く労働者と同じレベル。妊娠する可能性がある女性は3か月5m㏜。そして、妊娠中の女性は妊娠期間中1m㏜。放射能は流産など胎児への悪影響があるとされ、妊婦は極力被ばくを抑えるよう、昔から注意を促されてきた。
「除染特別講習を受けましたが、女性にそんな規定があるなんて、知りませんでした」
1年前から除染作業をしている浅見洋子さん(仮名)は驚きを隠せない。
除染作業をはじめるときに必要な5時間半の講習は受けたが、「テキストは2㎝ぐらいの厚さ。読んでないですね。疲れちゃって」という。現在49歳。10代の子どもがいる。
「もう妊娠はないし、この年齢だと他に生活費を稼ぐ手段もないですしね」
それが除染をはじめた動機のひとつ。ほかにも、「震災で以前働いていた会社が経営難に陥り、転職。でも、家計をまかなえなくなり、除染をやってみよう、と。将来やりたい夢もあり、貯金したかったんです」
仕事は求人サイトで探した。浅見さんの作業内容は、男性とほぼ同じ。草刈りなど力仕事もこなす。
「肉体的にキツいところもありますね」とこぼすが、「地域の線量を下げて、安心して住めるようにする。そうした手伝いをしている気持ちがありますから。除染という仕事に誇りを持っています」
そう浅見さんは胸を張る。とはいえ、放射能への不安は常につきまとう。
「事故直後、子どもを避難させたかったのですが、子どもが反対して断念したんです」
現場で若い女性を見かけると、つい“やめたほうがいいんじゃない?”と声をかけてしまうという浅見さん。
「東電や国が責任をとるなんてありえないから、妊娠の可能性のある人は福島から離れてほしいんですよ。私だって“放射能が怖くない”といったらウソになります」
しかし、浅見さんの思いはなかなか若い女性たちに届かない。
「“そうですかね~”くらいの反応なんです。放射能よりとにかくお金。資格もいらない、ポンとはじめられる業種を選んでしまう若い子は多い」と浅見さんはため息をつく。
そして、「若い女性に除染を禁止したら、放射能は危ないのを国は認めることになりますよね」と真剣なまなざしで確認するように問いかけた。
「子を持つ親として、若い子は除染をやめてほしいです」
彼女はきっぱり言い切った。