『専門店』「世界の専門店拝見 こんな店・あんな店」1999年3月に掲載された記事です。
パリの魅力のひとつに、過去と現在の融合があげられる。大都会でありながら、歴史や文化を大切にしている姿勢は、ちょっと街を歩いただけで感じられるはずだ。
技術が進歩しているにもかかわらず、非合理的なシステムが存在するのも、歴史を重んじているからなのだろうか? 昔ながらの肉屋やチーズ屋では、注文してからチケットをもってレジへ行き、料金を支払った後、再びチケットをもって商品を取りに行く、という手間のかかる習慣が守られている。どんなに店が混んでいようと、この手順は変わることはない。“商売”をまるで意識していないかのような専門店。パリには、趣味の延長、といったら失礼なのかもしれないが、そのような店があちこちにあるのがおもしろい。
今回紹介する「ラ・トゥイー・ラ・ルー」も、まさにそんな雰囲気を感じさせるショップだ。ここには、フランス全国の小さなアトリエで作られている工芸品が集められている。洗練されたというより、素朴で土の匂いがしそうな工芸品が、所狭しと並んでいる。
22年ほど前に店をはじめたのは、マリー=フランス・ジョブランさん。オーヴェルニュ地方出身の彼女は、コレクション好きの父親の影響で、子どものころから、裁縫道具やかごなどを集めていたそうだ。パリの大学を卒業後、企業の管理職を教育する機関で、コミュニケーションの先生として12年働いた。この間、自分の時間を見つけては、全国の手工芸家を訪ね歩いたのだという。ちょうど60年代後半、大衆消費文化がはじまったころで、伝統工芸が失われつつある時期でもあった。
伝統工芸の喪失という危機を目の当たりにしたマリー=フランスさんは、「多くの人に伝統工芸の良さを知ってもらい、すばらしい伝統を守りたい」という目的で、このショップをオープンさせた。
夫のミッシェルさんは、13年前に客として訪れ、マリー=フランスさんと意気投合。公私ともに、彼女のよき理解者になっている。
-ものすごい数の商品が並んでいますね。
ミッシェル フランスには、昔から受け継がれた技術を守り続け、すばらしい作品を創作している小さなアトリエがたくさんあります。陶器、かご類、ナプキンからナイフなど、種類はさまざまで、工芸品だけでなく、地方に伝わるおとぎ話や歌、ダンス、料理の本などもおいてあります。
-どのぐらいの数のアトリエが存在しているのでしょう?
ミッシェル 数えきれないですね。ほとんどのアトリエは、夫婦と数人の職人で運営されています。3~4人のグループというところも少なくありません。
残念ながら、これらのアトリエで作られた作品は、人の目に触れられることが少ないのです。特に、パリは展示する場所代が高く、紹介させる機会がとても限られています。伝統工芸を継承させていくには、資金が必要です。
工芸品であると同時に、“売る”ことも大切な要素になってきます。だからこそ、私たちのような店が求められるのです。
-これだけの工芸品をどのように見つけ出すのですか?
ミッシェル 妻が買いつけを担当しています。製品を選ぶのは、主に彼女の専門です。伝統工芸に精通しているので、選択に間違いはないですね。
-商品として選ぶのは簡単なことではないと思いますが…。
マリー=フランス ええ、かなり難しいです。なにしろ、たくさんの選択肢がありますから。さらに、ここに置いてくれという申し出も多いんですよ。
-実際どのように選んでいくのですか?
マリー=フランス 選ぶ基準というのは、あらかじめ決まっています。
まず、流行のものははずします。本当の意味での伝統工芸だけに的を絞っているのです。真の伝統工芸品には、受け継がれてきた頑固な形、職人の知識が感じられるのです。
-不思議な形の陶器もありますね。このふたのついた容器は何に使うのですか?
マリー=フランス それはテリーヌを作るのに使います。陶器は耐熱効果のあるものが多いですね。テリーヌ型、スープ鉢、マドレーヌ型…。どれもフランスの伝統料理に欠かせないものばかりです。陶器に関していえば、毎日過程で使うものだけを選んでいきます。テーブルウエアからガーデン用まで、いろいろそろえてあります。品質のいいもの、生き生きした印象を得るものを選びます。同じ種類のお皿にしても、すべてきれいに形がそろっていることはほとんどありません。
ミッシェル ここに置いてある製品は、工場で大量生産される商品とは全く違います。ひとつひとつ丁寧に手で作られているので、すべて形が微妙に異なります。ものによっては、たったひとつしかないものもあります。
-ひとつひとつの商品に職人の愛情を感じますね
マリー=フランス これらの雑貨は、私たちが売るために作り上げたものではなく、昔からあったものなのです。人間的で、生活に密着しています。いわゆる現代のしゃれたライフスタイルにマッチしたものばかりではないでしょう。少しばかり不細工だったり、素朴すぎたり。でも、台所に“見た目だけの美しさ”は無用だと思います。長い間、人が使い続けてきたものこそ、一番価値があるのではないでしょうか。
-工芸品の歴史はそうとう長いのでしょうか?
マリー=フランス 古いものでは中世時代から継承されている陶器があります。ここはまさに伝統工芸の美術館なのです。訪れる人はお客さんであり、鑑賞者でもあります。もちろん、私たちは質問にもお答えしますよ。
-日本では伝統工芸が消えつつありますが、フランスはどうですか?
マリー=フランス 今フランスでも、伝統が次第に失われつつあります。失われる伝統は、誰かがそれを食い止めなければなりません。私たちは、商品を売るだけではなく、伝統工芸を守る役目も果たしていると思っています。職人たちはお金儲けのために工芸品を作っているのではなく、創作に情熱を注いでいます。その熱意を消してしまうのはとても残念なことです。
-お客さんはどのような人が多いのですか?
マリー=フランス あらゆる種類の人がやってきますね。なかにはコレクターもいますよ。ちょっと変わったプレゼントを探しに訪れる人も多いです。
-自分の田舎を思い出すためにやって来るとか…。
ミッシェル フランス人は自分の田舎をとても大切にします。パリには地方から出てきた人が多いので、バカンスは親や親せきがいる田舎で過ごします。ただ、自分の故郷はよく知っていても、他の地方はあまり知らない人が少なくありません。私たちの店を通し、少しでもフランスの地方を知ってもらえればと思っています。
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