『専門店』「世界の専門店拝見 こんな店・あんな店」2008年1月号に掲載された記事です。
スイス・ジュネーブの時計職人アントワーヌ・ファーブルが櫛歯(ティース)をはじいて音を出すシリンダー式オルゴールの原型を製作したのは、200年 ほど前の1796年で、まさにフランス革命時代のことだった。
オルゴールの起源は14世紀ごろに使われた、教会で紐を引いて鳴らす鐘の自動カリヨンだといわれている。これは巨大な装置だったが、15世紀のぜんまいの発明により、オルゴールは時計に組み込むチャイムとして発達していった。
その後、シリンダー式オルゴールが誕生する。シリンダー式オルゴールの生産は1820年頃から本格化するが、職人技によるところが大きく、非常に高価で、ブルジョワの贅沢品だった。
しかも、初期のオルゴールは小型の簡素な機械装置で、懐中時計や宝石箱、オペラグラスやステッキの柄などに埋めこまれる、“おまけ”程度のモノだったのである。
やがてオルゴールの音楽に魅了された人々が増え、オペラ作品を楽曲にした箱型のオルゴールが製作されるようになった。
今回は、フランス語で“オルゴール”という店名の「ボワット・ア・ミュジック」のアンナ・ジョリエさんにお話をうかがった。
-とてもロマンティックなお店ですね。
自分の好きなオルゴールだけを集めています。私が商品を選び、季節にあわせてディスプレーしています。
-いつごろのオープンですか?
1979年に開業しましたので、もう少しで30年になります。
-どうしてオルゴールのお店を?
どうしてオルゴール専門店をやっているか? そうですね(笑)。私はオルゴールが大好きで、私の愛するオルゴールを紹介したかったからです。というのも、オルゴールは本当にすばらしい作品なのです。オルゴールは魔法の箱であり、それ自体が美しいだけでなく、多くの人を楽しませます。
-オルゴールにまつわる素敵な思い出をお持ちですか?
ええ、お話しましょう。誰でもそうであるように、情熱を傾けるには、それぞれの理由があるものです。わかりますか?
-はい。
情熱を持つきっかけというものがあるのです。私がオルゴールに夢中になったルーツは、子供のときの両親からの贈り物でした。
-子供の頃の…。
両親は小さな箱をプレゼントしてくれました。とても小さな箱です。ところが、その箱はまったく飾り気がなくて、ガッカリしました。すると両親は、「その箱を開けてごらん」と言いました。私は箱を開けてみました。
-それで?
まるで手品のような感動を与えてくれたのです。何の変哲もない箱のなかには、小さな箱が入っていました。うっとりするようなオルゴールを見て、私は大変うれしい気持ちになりました。
-なるほど…。
それ以来、私はいつも美しいオルゴールにあこがれていました。でも、そうしたオルゴールが現存しているとは知りませんでした。そうしたオルゴールは過去のものだと思っていたのです。ところが、オルゴールは今でも残っていたのです。
-それでオルゴールの専門店を?
この店をはじめるとき、素敵なオルゴールだけを集めるために全力を尽くしました。ヨーロッパに存続しているオルゴール工房で、このショップにふさわしいオルゴールを見つけました。
-それはどこですか?
スイスのリュージュ社です。そこは歴史のある有名な工房で、高品質の洗練されたオルゴールを製作しています。
-リュージュ製のオルゴールは上品ですね。
ええ。これが私の店で最も高価(日本円で100万円以上)なリュージュ製のオルゴールです。私の大好きな舞踏会の曲をお聞かせしましょう。ヨハン・シュトラウスのワルツです。舞踏会の華やかさが伝わってきますでしょう?
リュージュはスイスの伝統的なオルゴール・メーカーである。1865年、時計職人シャルル・リュージュは、スイスのサン・クロアという町に移り住み、オルゴールつき時計ミュージカル・ポケット・ウォッチの製造をはじめた。1886年、彼の息子アルベール・リュージュが最初の工房を開き、リュージュ社が誕生。その後、ギド・リュージュが後継者となり、斬新なアイデアで事業を拡大していった。1960年ごろ、20世紀初頭から中断されていた高級オルゴールの生産を再開し、現在にいたっている。
シリンダー式オルゴールは、主にスイスで製造されている。時計製造の精密な技術がオルゴールにも欠かせないゆえんである。
-それ以外に、どのようなオルゴールを扱っていますか?
ドイツや日本のオルゴールもあります。
-日本製も?
日本の製品は、とても魅力的です。この店には多くの日本人客が訪れ、また、日本の同業者仲間がさまざまな情報をもたらしてくれます。
-見せていただけますか?
このオルガニート式シート型オルゴールは日本製です。オルガニートというのは、オルゴールとよく似た機械で、厚紙に穴を開けたパンチカードをセットしてハンドルを回すと、音楽を奏でます。
-こういう仕組みなのですね。
シートは入れ替え自由なので、好きな曲を楽しめます。自分で曲を作ることもできます。厚紙に穴を開けるだけですから、誰でも簡単に作れます。短めの曲でしたら1枚に収まりますが、厚紙なので、張り合わせれば、長い曲を演奏することもできます。
-楽しそうですね。
このオルガニートはプレゼントに最適です。小さな機械と、お好きな曲のシートを数枚組み合わせて贈るのです。また、白紙のシートと専用の穴あけパンチをセットにしてギフトにする人もいます。演奏してみましょう。この曲をご存知ですか?
-ええ、「ケ・セラ・セラ」ですね。
そうです(笑)。これは日本の歌ですが、わかりますか?
-「さくらさくら」と書いてありますね。
若い日本人の女性が作ってくれました。こちらは、「もみじ」と書いてあります。ちょっと聞いてみましょうか。
-わかります。確かに「もじみ」という曲ですよ。
素敵な曲ですね。
-秋の歌です。
残念ながら、途中で終わってしまっています。もう少し長いシートが必要ですね。
-曲の種類が豊富ですね。
曲は多岐にわたっています。フランスのシャンソンから、ボエムやカルメンといったオペラ楽曲、日本の音楽まで、かなりの種類がそろっています。
-他にはどのような製品がありますか?
こちらの透明の丸い箱のオルゴールは、曲の種類が30で、それぞれ違う音楽が設置されています。なかの機械は取り外し可能で、曲を変えることができます。透明の箱は品質が良いので、中身だけ取り替えて、長く使うことができます。
-コンパクトで手ごろですね。
これは「エーデルワイス」の曲です。このオルゴールは、より複雑な音を奏でます。私の好きな曲をお聞かせしましょう。「グリーンスリーブス」です。ご存知ですか?
-ええ、知っています。
こちらは中国製です。とても小さく、かわいらしいオルゴールです。70曲あり、価格は8.50ユーロ。
-リーズナブルですね。
ええ。この曲は映画音楽ですが、わかりますか?
-「禁じられた遊び」ですね。
こちらの愉快なオルゴールはドイツ製です。メリーゴーランドのように動きます。
-子供が喜びそうです。
鳥かごのオルゴールは、シンギングバードと呼ばれ、鳥の鳴く声をリアルに再現しています。小鳥がさえずり、かわいらしいでしょう?
-本物の鳥みたい!
シンギングバードは、天然の羽根を使用しているので、ひとつひとつ色合いが異なり、精巧で優雅です。インテリアとしてもお洒落ですね。
-この小さなオルゴールは?
この棚に展示してあるのは、店で最も小さなオルゴールです。銀製の高価な商品です。
-どのぐらいの数の商品があるのでしょう?
どのぐらいでしょうか。たくさんありすぎて(笑)。
-価格もさまざまですか?
低価格の小さなものから最高級品まで、ありとあらゆるオルゴールがそろっています。予算的には、50~100ユーロぐらいですね。お客さんが求めやすいよう、いろいろおいています。
-どのような人が訪れますか?
実にさまざまな人たちが、この店にやってきます。幼い子どもや恋人同士、お年を召した方…。みなさんオルゴールに魅了されて、ここに集まってきます。
「他に何をお見せしましょうか?」「オーソレミーヨの音楽もありますよ」「こちらは、映画“ドクトル・ジバコ”の曲です」「モーツァルトはいかが?」
ジョリエさんは、次から次へと紹介してくださり、彼女のオルゴールにかける熱情が伝わってきた。
自分の愛するモノにこだわりつづける姿は、現在少なくなりつつある、まさに昔ながらの専門店オーナーのそれであった。
Boites à Musique Anna Joliet:9 Rue de Beaujolais 75001
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