塀の中の素敵な生活? イギリス刑務所事情1994 

『月刊ジャーニー』1994年2月号に掲載された記事です。

ワイモット刑務所内での暴動、リバプール刑務所でのドラッグ蔓延、民営刑務所の出現など、刑務所が話題にのぼることが多い英国。
現在、英国には、イングランド・ウェールズ133、スコットランド20、北アイルランド6と合計159の行刑施設がある。
イングランド・ウェールズの133の刑務所には、地方刑務所、B級犯トレーニング刑務所、少年刑務所、拘置所などがある。
刑務所内はどうなっているのか。収容者はどのような生活をしているのか? ぶちこまれるのはイヤだが興味はある。そこで、ロンドン近郊のベルマーシュ刑務所を覗いてみた。

この刑務所は、1874年に建てられたロンドンで最初の成人男性用刑務所。今では近代的な建物に代わり、1991年4月1日に再開設された。
現在、収容者は受刑者、未決拘禁者合わせて730人程。ウォーリントンやロンドンでの爆弾事件に関与した政治犯も収容されている。
刑務所職員、看護婦、教員など、スタッフは約760人。
ここでの収容者の生活は、午前と午後のシフト制になっている。1日のうち半分は作業や学習をし、残りの時間は、スポーツ、シャワー、食事など自由に過ごすことが許されている。
4棟の建物には、それぞれ教育施設、スポーツジム、キッチン、教会があり、面会ルーム、作業場へはどの棟からも行ける。
赤レンガの外観が美しいベルマーシュ刑務所。
取材に先立ち、入り口で身分証明書の提示が求められる。
ここから先は、どのドアにも鍵がかけられていて、勝手に歩き回ることができない。セキュリティーには十分気をつけるようにとの注意を受け、いよいよ刑務所内の見学開始だ。

まずは面会の様子を拝見。2階から見下ろすと面会ルームは、最高100組収容可能の大部屋。監視は20人程度。職員同士でもおしゃべりしていて、緩やかな見張り。
規則正しく並べられたしきりのないテーブルをはさんで、収容所と訪問者がお茶を飲みながら話をしている。
オレンジとブルーの襷をかけているのが収容者だが、私服のため区別がつきにくい。
高さ20センチ程の低い仕切りのあるテーブルを使うのは、未決拘禁者だけ。
受刑者は敬を言い渡されたことですでに懲罰を受けているため、家族との自由な接触が許されているという。理解しがたい理論だ。
A級犯収容ユニットの前で、2人の職員に付き添われた収容者が横を通り過ぎる。彼は2回逃走を試みたという。
なんだ、このリズミカルな音楽は? と驚いていると、目の前に現れたのが、アスレチックに励んでいる入墨鮮やかなお兄さんたち。
ジムにはエクササイズ用器具が充実。バスケットボール、卓球も楽しめる。もちろん無料で使用できるのだ。
次は教育エリア。 ここでは読み書きのほか、料理、コンピュータ、外国語などを学ぶことができる。
授業中の教室から、「ハロー」と声をかけてくる収容者も。まるで大学のキャンパスに迷い込んだみたい。
キッチンエリアで食事を受け取り、各部屋で食べることになっている。メニューはベジタリアン用、アジア人向けご飯、ユダヤ人用など11種類。
また、売店があり、収容者がクリスプス、ビスケット、タバコなど日用品を購入することができる。支払はコンピュータによって処理される。

さて、いよいよ収容者が入れられている居室。ずらりとドアが並んでいる。ここに彼らが住んでいるのだ。収容者が5~6人集まって、居室の外でブラブラしている。
見学したのは現在空き室となっている2人用居室。ドアに小さな窓がついていて、映画に出てくるのと同じだ。
重いドアを開けると、白いパイプのベッド、棚、椅子(学校で使用した懐かしい形)が2つずつ置いてある。
外の景色を見ることができる窓には、鉄柵がはめこまれている。
設置されているトイレには、ドアがあるが、外から中が見えるように一部ガラス張りになっている。
洗面台もあり、暖房がきいていて、日本のビジネスホテルの1室のようともいえる。
住みたいとは思わないが、ちらりとのぞかせてもらった使用中の部屋には、ラジカセや本、食べ物などがあり、カードを飾ったり、快適に過ごすための工夫がなされていた。

孤独との闘い、を垣間見た後に訪れたのが作業場。
自動車修理や電気器具の製造、舞台美術製作など、7~8部屋に分かれている。各部屋では10人程の収容者が働いていた。
陽気に手を振る収容者に、思わず手を振り返してしまう。

冬になると罪を犯して刑務所に入りたがる人が増えるという。今回の見学で、その理由がわかるような気がした。

英国の刑務所は自由過ぎるのではないか。
この謎を解くため、刑罰、刑務所の改善に取り組む慈善団体プリズン・リフォーム・トラストに話を聞いた。
この団体が発足したのは1981年。リサーチや出版物の発行などを通じて、刑務所に関する政策の改善・向上を政府に働きかけるのが主な活動だ。
一般市民に刑務所や収容者に対する意識を高めさせるとともに、投獄による刑罰をできるだけ減少させることを活動の目的としている。
罪を犯した人をより良い人生へと導き、恵まれた人間関係を形成させる手助けをする。これが英国の刑務所の最重要点だ。
受刑者は厳しく規制されるべき、という一般市民の意見もあるが、過酷な刑罰によって彼らを立ち直らせることはできない。
刑務所に入る収容者は、恵まれない家庭環境、悲惨な人間関係を体験している者が多い。その彼らに仕事や学習の機会を与え、薬物やアルコールによる乱れた生活態度を改めさせる場所を提供するのが刑務所なのだ。

多種多様な人種が行き交う国、英国。
刑罰、刑務所の改善が急ピッチに行われているこの国では、国連やヨーロッパの基準に応えるものへと近づけようという動きもある。
また、日本の監獄法は1908年に制定施行されたもので、著しく変化した今の社会に対応できない面も増えている。
そのため、世界の行刑思想や国際人権規約や国連の準則を考慮に入れた改正法案を過去に国会に提出した。
“刑務所に入る=懲罰”の日本、そして、“罪に目覚めさせるために刑務所に送る”英国。両国の刑務所のあり方は違うが、共通していえるのは、歪んだ社会が犯罪を生む原因のひとつになっているということだ。

民営刑務所が登場

政府の刑務所民営化計画の第一弾として、ウォルズ、ブレイクンハーストの2つの刑務所が民営化された。今後、10ヵ所が民営化される予定だ。いずれも、未決拘禁者および軽罪受刑者が収容されている。
警備会社「グループ4」が経営するウォルズ拘置所は、ヨークシャー東部のハンバーサイドにあり、成人未決拘禁者192人が収容されている。
彼らは14時間の自由時間を許され、プール・ゲームやテレビ、スポーツを楽しんでいる。
この施設の収容費用は、一人週539ポンド。これだけあれば、かなり良いフラットが借りられる!
また、ここでは職員が収容者を「ミスター」づけで呼ぶなど、従来の拘置所とは違うサービスで話題になっているが、一方で規律の緩さから、風紀の乱れが批判されている。ドラッグ蔓延をはじめ、1年に54件の殺傷事件が発生したという。
刑務所に関しては行政が責任を持つべき、という意見から、プリズン・リフォーム・トラストは反対の立場をとっている。

治安状況や刑法など、英国と日本にはかなりの違いがあるため、単純に比較するのは難しい。
しかし、刑務所内の生活を見る限りでは、英国はかなり快適、甘やかしすぎるのでは?と感じる人もいるだろう。
さらに、刑務所内で発生する事故にも、日英間には大きな相違点がある。

現在、英国で最大の焦点となっているのが、刑務所の過密化。
92年度の1日当たりの収容人員を比較してみると、英国は43,195人、日本は44,876人と、意外にも日本のほうが多い。
しかし、収容率をみると、英国は92%とほぼ満員状態、日本は70%と余裕があり、イングランド・ウェールズにある133施設のうち、36が過剰収容状態にあり(93年11月現在)、個室に2人以上で共同生活した経験のある収容者が35%にも達している。

狭い個室に、赤の他人が2~3人で生活するのは、刑務所でなくても息が詰まる。
この過密化はまた、職員の管理能力にも影響を及ぼしている。
700~800人の収容者を6~7人の職員で管理しなければならない施設も存在し、不十分な管理が、最近頻繁している刑務所内の事故の原因のひとつになっているのは言うまでもない。
収容者が集団で施設を破壊したり、放火したりという暴動は、日本では1969年以降一件も発生していない。
英国でいまだにこのような暴動が起こる原因として考えられるのは、過密化に加え、収容者の約60%が21~30歳の若者であること。
他人の指示に従うことを嫌う英国人気質も、その要因になっていると同時に、収容者を扱う職員の態度にも問題があるという。

正しい管理と人権尊重のバランスが問われている。
他の収容所や職員を殺傷した収容者が、英国では1年間に4,472人。このような事件は年々増加している。ちなみに、米国では1991年に職員が52人殺されている。

また、収容者の自殺も深刻な問題だ。
自殺を防ぐため、家具を移動できないよう固定したり、他の収容者と共同生活させるなどの対策がとられ、カウンセリングなども積極的に行われている。

薬物乱用に関しては、かなりの施設で大きな問題となっているのが現実である。自由な面会が刑務所内に薬物を持ち込む機械を作っているともいえる。
この面会による薬物持込は黙認されているといっても過言ではない。
それがわかっていながら、薬物持込を防ぐことより、スキンシップによる家族との絆を維持することに重点を置いているのだ。
コカイン、ヘロインといったハードドラッグも広まっており、スコットランドの一部の刑務所では、注射針によるエイズ感染を防ぐため、新品の注射針の支給をはじめた。
他の施設でも注射針支給の実施が検討されている。

ここが違う、日英の刑務所

住み心地:個人主義の英国はシングルルームが主流?

英国の刑務所の多くは、ヴィクトリア時代に建てられ、これらの施設は設備が古く、環境が良いとはお世辞にもいえない状況。
そのため、刑務所の近代化が見直され、92~93年に6つの新施設がオープン。96年までに3施設が建設される予定だ。
居室は個室か二人部屋が一般的。
各部屋にはベッド、棚、トイレが設置されている。
苛めにあいやすい収容者、自殺の可能性の高い収容者用に、家具のない独房も用意。
各施設には、トレーニング用ジム、図書館、テレビ室、シャワー室、売店が備えられている。

日本でも近代的な建物に建て直す計画が進み、最近では外観の美しい建築物に変わってきている。
また、寒冷地の暖房を充実させるなど、快適さも増しつつある。
収容者は、食卓、学習机、清掃用具などが配置されている個室か共同部屋に収容される。
食堂、浴室、図書館、テレビ室は共同で使用。

食事:刑務所内の食事がマズイ、これって贅沢?

英国では、栄養を考慮したり、ベジタリアン用メニューを用意するなどの改善が実施されつつある。
自分の居室で食事をした経験がある収容者は64%。

日本の1日の食費は、未決拘禁者443円、成人受刑者496円、少年受刑者554円。
未決拘禁者には、外部からの持ち込みが許されている。
成人受刑者は食堂で食べるのが原則。
カロリー計算や栄養のバランスなどをふまえた上でのメニューの多様化、食事の改善に努めている。

衣服:お洒落に関しては一般人と同じ?

英国では私服が許されている。
ジーパンとストライプのシャツやTシャツ(3色のうち好みの色を選択)を貸与される場合も。
洗濯は自分で行う。

日本で貸与される衣服は、気候に応じて変わる。
色はもちろん地味。
未決拘禁者には、私服着用が許可されている。

保健衛生:シャワーが使い放題ってホント?

英国では、自殺を防止するため風呂ではなく、シャワーを設置。
66%の収容者が無制限にシャワーを使用できたと答えている。

日本では週2回(夏は3回)の入浴が実施されている。
共同風呂になっており、入浴時間は平均15分。
また、髪形についても受刑者には規定がある。

健康管理に関しては、両国とも各施設に医師等医療専門職員を配置している。
日本の医師配置数は収容者129人に一人という割合。
英国の318人に一人に比べると充実している。
また、英国は、深刻化しているエイズ問題に対応して、カウンセリングの実施など積極的に取り組んでいる。

面会:美しい家族愛が病んだ心を慰める?

面会方法には大きな差がある。
日本は、収容者と面会者の間に仕切りが作られ、厳しい看守の監督のもと、面会が行われる。
直接二人が触れ合うことは不可能。
面会時間は平均15~20分。
受刑者の面会回数は階級別に制限があるが、特別許可の願い出があった場合、増加してもらえることもある。

スキンシップまで楽しめるのが英国の面会時間。
約100組収容可能の広い面会ルームで、テーブルをはさみ語り合うも良し、キスするのもかまわない。
未決拘禁者には毎日、受刑者には週一回の面会を許可。
刑期終了間近の受刑者は自宅訪問も許される。
最も残酷な懲罰は家族と引き離すこと、という主張から、このような面会が実施されている。

作業:高失業率の英国で仕事を得られるチャンス?

英国では、作業は強制されないが、刑務所が職業訓練の機会を与える場所という考えに基づき、収容者が参加できるさまざまな職場を提供している。
この作業には週平均5ポンド(約800円)の賃金が支給される。
また、刑務局インダストリーズ&ファームを設立し、テキスタイルや縫製、工業・電気技術の習得、酪農業や園芸に従事させている。

日本の場合、受刑者の作業は刑の内容として義務づけられている。
免許や資格取得のための職業訓練や所外作業も実施され、また、民間事業への通役作業も積極的に行われている。
作業就業者には、1ヶ月に一人平均3,379円の作業賞与金が支給される。

教育:隠れた自分の才能に目覚めるかも?

収容者の中には、学力が不十分な者が少なくない。
そのため、両国とも教育には力を入れている。
英国では、成人の学習参加は強制されないにもかかわらず、47%が学習教室に出席。
学習時間は週平均14時間。
基礎教育だけでなく、高等教育も受けることができる。
また、アート、コンピュータ、ビジネスなど、釈放後の生活に役立つ教育にも積極的。
教育機関と契約を結び、収容者の教育をより充実させる計画もある。

日本の義務教育を修了していない者等には、基礎教育の補習を行い、施設内で中学校卒業程度認定試験を受ける機会を与えている。
また、通信教育、学識経験者や宗教家による面接指導も実施。
健全な社会生活を送るための知識を身につけることを目的とした教育方針は、いかにも日本らしい。

1日の生活:自分のことは自分で決めるのが英国風?

規則正しい生活をモットーとしている日本の場合、1日の日程がしっかり決められている。
午後6時からの自由時間には、テレビを観たり、読書したり、クラブ活動をしたりして過ごすことができる。

一方、英国では集団行動が強いられていない。
最低10時間は個室から出ることを許され、作業か学習などの活動に参加。
その時間数は平均週24.18時間。
その他の時間は、テレビを観たりしてブラブラしている。

 

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