フランスのエレベーター、シンドラー社製のシェアは2割

『日刊ベリタ』2006年08月04日に掲載された記事です。

 

日本で起きたエレベーター事故の直後、パリの某デパートで乗ったエレベーターはシンドラー社製だった。
それがきっかけでフランスのエレベーター事情を調べたところ、2001から2002年にかけて死亡事故が相次いでいた。
フランスでは近代的なエレベーターのほうが珍しく、巨大鳥かごのような鉄製ゲートや、アコーデオン式扉の旧型のエレベーターが現存し、安全性が疑問視されていた。
事態を重く見た政府は再発防止策に乗り出し、2004年9月にエレベーターの安全に関する法令が施行された。
フランスで議論の中心となったのは、製造元の過失より保守管理のあり方だ。

当時の報道によると、フランスでは1998年からの4年間で死亡事故が15件、重大事故が700件起きている。特に2001年以降、悲惨な事故が続いた。
2001年4月にアルプ・デュエズで子供が落下。5月にはクリシー・スー・ボワで、9歳の男の子が13階から落ちて死亡した。かごが到着していないのに乗り場戸が開き、昇降路の中に落ちてしまったのだ。
12月にはイッシー・レ・ムリノーにあるフランス・テレコムのビルで、清掃会社の従業員が落下して死亡した。
さらに、2002年5月19日、ストラスブールの公団住宅で、4歳の男の子が死亡。5階の乗り場戸が開いたので乗ろうとしたら、かごは数階下で止まっており、15メートルほど落下した。この公団住宅の住民は、数日前からエレベーターの戸の異常に苦情を申し立てていたという。警察が調べたところ、いくつかの階で乗り場の戸が開いたという。
6月15日には、アミアンの公団住宅で40代の女性がエレベーター事故に巻き込まれた。土曜日の朝10時ごろ、1階で停止して動かなかったエレベーターが突然降下した。扉は開いたままで、ちょうどエレベーターから降りようとしていた女性は、エレベーターの天井と1階の床に体を挟まれた。20分後に救出されたが、数日後に病院で死亡した。
当時のフランス各紙の事故の記事には、エレベーターの製造元が明記されていない。

▼シンドラー社が20%シェア

エレベーター協会の資料によると、フランスでは1日に1億人がエレベーターを利用し、その数は地下鉄や郊外列車よりも多い。
2003年の統計では、フランスのエレベーター数は、イタリアの60万基、ドイツの49万基に次いで第3位。欧州15カ国全体の保有数は300万基で、4位はスペインの45万基、5位はイギリスの15万基である。
2005年現在、フランスで稼動しているエレベーターは44万基で、そのうちパリおよびイル・ド・フランスが23万基。設置割合は、住居50%、公共施設10%、オフィスビル、病院、ホテル、老人ホーム25%、企業、商店、駅、空港15%となっている。
エレベーター専門調査会社CECIによると、フランスのエレベーター市場は、アメリカ・オーチス社38%(167,000基)、スイス・シンドラー社20%(87,000基)、ドイツ・テッセン社16%(71,000基)、フィンランド・KONE16%(69,500基)と大手企業グループ4社で8割以上のシェアを占めている。
2003年のエレベーター業界の総売り上げは19億ユーロで、その内訳は、設置15%、メンテナンス52.5%、改良17.5%、主にヨーロッパ諸国への輸出15%となっている。
新品のエレベーターの設置数は9,400基で、その75%が新築の建物、残りの25%が既存の建物に導入されている(2003年)。
フランスのエレベーター事故は毎年2,000件ほど起き、そのうち200件は重大事故で、利用者の死亡事故は4―5件、技術者の死亡事故は3―4件。
2002年9月にリヨンでシンドラー社の従業員が落下して死亡、2002年6月、オーチスの社員が落下して重傷を負うなどの具体例が報告されている。
閉じ込めに遭遇した人は、年間約15万人にのぼり、パリ近辺だけで10万人いる。「正しい階で停止しない」「扉に挟まれる」「突然の停止」といったトラブルは多発し、故障の数は、エレベーター1基で平均3~4件ある。

▼最大の原因は老朽化

事故を招く最大の原因は、エレベーターの老朽化といわれている。フランスのエレベーターはヨーロッパで最も古く、約60%が20年以上前、つまり1980年より以前に設置されている。なかでも1960―70年代のエレベーターが多い。
フランスでエレベーター産業が飛躍的に発展したのは、住居や公団住宅の建設ラッシュが起きた60―70年代だった。1970年代のエレベーターの売り上げは年間16,000基で、2003年よりはるかに多い。
列車やバス、飛行機に比べて、エレベーターはかなり古くなるまで改修も取り替えもしない。1993年以降、エレベーター会社は改良の必要性を訴えていたが、フランスでのエレベーターの改良率は毎年2%程度だった。
老朽化に輪をかけて、保守管理システムも十分機能していなかった。故障や事故を防止し、耐用年数を引き伸ばすために、メンテナンスは欠かせない。これまでフランスで義務づけられていた保守点検は、月1回の技術点検、6ヶ月に1回のケーブルの点検、年1回の落下防止装置の点検、そして故障時の対応だった。契約は2種類あり、月1回の点検と消耗品の補給を含む普通契約と、一般的な修理もしくは劣化した部品の交換を加えた完全契約である。

▼安全基準に拘束力なし

安全確保の観点から、現況のメンテナンスでは不十分といった声が多かった。高齢者や障害者を含む利用者の急増、破壊行為やマナー違反など、エレベーターを取り巻く環境は大きく変化しているが、保守管理はそれに適応していないというのだ。整備技術や安全保障は設置当時のレベルにとどまっており、改良するどころか、正常に作動さえすればいいと考えられていた。安全基準は定められていたが、拘束力を持っていなかったのである。
不動産情報サイトとコンサルティング会社が行った「エレベーターの安全に関するアンケート」結果がある。不動産の所有者および管理者、住民に協力を求め、2002年12月2日から2003年1月31日にインターネットと電話で実施した調査で、4,000以上の施設(75,000世帯、エレベーター3,200基)から回答を得ている。
「過去5年間に重大な事故が起きた」と答えたのは6%で、事故の理由としては、「保守管理の欠如」が33%、「老朽化」が67%。6ヶ月間の故障回数は、0回6%、1~5回69%、5~10回15%、10回以上10%。4階建て以上の建物で使用年数20年以上のエレベーターでは、1―5回故障する割合が約87%に達した。
故障から修理までの時間は、3時間以上44%、1~3時間42%、1時間未満14%で、平均は2時間15分。修理の仕方に満足しているのは34%で、不満を持っている人が51%。時間がかかるほど、満足度が低くなる。
保守管理に関しては、47%が製造元に委託しており、47%が独立系メンテナンス会社を使っている。サービスが良いと答えたのは43%で、51%が不完全だとみなし、独立系会社が請け負っている場合、不満を訴えた人は64%だった。
メンテナンスの不満としては、料金が高い41%、遅れても気にしない41%、作業をしない18%がある。メンテナンス会社に文句があっても、解約したい人は35%で、変更したくない人(50%)のほうが多い。「会社を変えても状況は何も変わらない」というのが一般的な意見のようだ。製造元がメンテナンスを請け負っているケースほど、現状に満足している人が多かった。また、68%の人が、一般のメンテナンス会社以外に、第三者による定期的な技術点検に賛成だった。
エレベーターの使用年数は、20年以上61%、10~20年20%、10年以下19%で、その状態は、76%が良いと評価(とても良い13%、良い62%)し、24%が問題あり(老朽化している22%、危険2%)とみなしている。
自分の所有するエレベーターの老朽化に気づいている人が53%いても、危険だと認めているのは2割強で、47%が現状維持を望んでいた。
フランスで初めてエレベーターの規制が定められたのは1945年だが、エレベーターの安全に関する法は明確ではなかった。メンテナンスについては、1951年に各自治体の条例で不動産所有者の保守管理が義務化され、1977年3月11日の告示により、保守管理に関する契約(普通もしくは完全)をかわさなければならなくなった。
1982年には、ヨーロッパの安全基準を適用し、1986年12月23日には、かご戸を全てのエレベーターに取り付けるよう定められた。2000年には、EU規定が導入され、安全基準をクリアしたエレベーターにはCEマークがつけられた。
この時期まで、事故を防ぐ決定的な規制はないに等しかったといえる。2001年5月にやっと、エレベーターの安全対策法を作成するための専門機関が発足した。その後立て続けに死亡事故が起き、2002年春のストラスブールの子供の死亡事故がマスコミに大きく報じられたことで、国民は不信感を募らせることになる。
この事故の3日後、当時の建設大臣ジル・ド・ロビアンは、全国の県知事に向けて、各々の地域の公団住宅の全てのエレベーターを緊急点検するよう要請した。そして、同年7月15日にエレベーターの安全法を制定する指針を発表した。
専門機関はエレベーターの危険性を調査し、その結果に基づいて法案が練られた。エレベーターの安全に関するロビアン法2003-590号は2003年7月3日に可決、2004年9月9日に政令2004-964号が施行された。

▼ロビアン法で改善進む

ロビアン法は、技術的な安全基準、維持・保全、技術点検の3つの面をカバーしている。15年をめどにエレベーターの改良を実現し、安全を確立させるのが目的だ。この法は全てのエレベーターに適用され、状態や使用年数、危険性の度合い、利用のされ方、使用頻度によって順次改良工事が実施される。ここでいう改良とは、新しいエレベーターに取り替えるだけでなく、最新の部品に交換して安全確保の性能を高めることも意味する。
技術面ではまず、AFNORが鑑定した17の危険性を取り除くための改良工事を促進する。2008年7月までの第一段階で死亡事故につながる重大リスクを改善し、その後、2013年、2018年と3段階で改良を進めていく予定だ。
改良工事の費用を負担するのは、エレベーターの所有者である不動産所有者もしくは管理者だ。新しいエレベーターを設置するには、6~7階の建物で平均約3万ユーロかかり、工事には莫大な資金が必要とされる。そのため、改良に伴う予算として、国は15年で40億ユーロを用意し、工事費用の一部を補助することを決めた。資金は現在の税制の枠内で調達し、公共施設には住宅改善補助金を活用、私有の建造物は国立住宅事情改善局補助金などを当てるという。
また、エレベーターの維持・保全においては、通常の契約(普通もしくは完全の2タイプ)に加え、最低限の規定を強化した。さらに、自動車の車検のように、機能や安全性を調べる5年ごとの定期点検を義務づけた。この技術点検は、建設業やメンテナンス会社から独立した組織が担当する。
維持・保全の義務は不動産所有者や管理者にあり、住民および訪問者が安心して使用するために、エレベーターを正常な状態に保つ責任を負う。ただし、メンテナンス会社および契約のタイプ、技術点検を委託する第三者組織は自由に選択できる。
また、ロビアン法では保守管理技術者の育成にも言及し、今後15年で毎年800人を雇用すると定めた。エレベーター業界に対しては、総所得の5%を教育費に当て、専門教育をより多くの若者に提供するよう求めた。また、いずれはエレベーター技術の国家資格を作る計画もある。
フランスのエレベーター関係企業は150ほどあり、従業員は17,000人ほど。そのうち1,500人が改良技術者で、7,000人がメンテナンス技術者だ。エレベーター1基に平均4人の保守管理技術者が担当するので、人材不足を補う必要がでてくる。
エレベーター業界で働くには、電子機械、電子工学、自動システムの保守といった専門技術や知識が要求され、仕事の内容も多様化している。エレベーターやその構成部に関する最新および伝統技術に精通し、建築や建造物についての知識を持ち、不動産の特性を理解し、サービス業およびカウンセリングの素質も求められる。小規模の閑静な住居と商業施設では、エレベーターの種類や保守管理が異なり、それぞれの状況に適した作業をしなければならない。
これほどの専門職でありながら、現在のところエレベーター技術者の国家資格は存在しない。職業課程の高校を卒業後、企業研修などを通して補助的な教育を受けているにすぎないという。この業界に就職した若者は、企業の教育センターで入社後1ヶ月間実習するのが普通だ。そこで、エレベーター協会は2003年2月に文部省の合意を得て、人材の育成に力を入れることを決めた。
エレベーターの故障といえば仏映画「死刑台のエレベーター」を思い浮かべるかもしれないが、あのエレベーターは乗り場戸が引き戸式で、かご戸がない。50年代の映画に登場するタイプのエレベーターは、現在でも多くの人に使用されているのである。
これまでは何気なく利用していたエレベーターだが、フランスで対策が急がれている17のリスクには、「かごの停止位置の異常」「乗り場戸の閉鎖制御装置の不具合」「ブレーキや落下防止装置の欠如もしくは不具合」といった初歩的でありながら人命に関わる項目も含まれている。日常生活に欠かせないエレベーターが、実は危険と隣り合わせだったわけである。
法が施行されて2年が経とうとしている。最近ではエレベーターにメンテナンス会社の連絡先が必ず貼ってあり、何かしらの改善が見受けられる。それでも、事故が全くなくなったわけではない。先日訪れたアパートでは、エレベーターが故障中で1階に止まらなかった。こうした小さなトラブルは、頻繁に起こっている。
あまりにも身近な存在だっただけに安全だと信じられてきたが、エレベーターも他の“機械の乗り物”同様、点検やメンテナンスが重要であることに変わりない。

参考資料
エレベーター協会:プレス資料(2004年9月)
CECI
エレベーターに関する調査

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