少子化と中絶と代理出産と赤ちゃんポストの日本の矛盾

少子化に歯止めがきかない一方で、中絶の数は世界でもトップクラス。

日本は世界一中絶が多い国? フランスの雑誌記事より
日本でピルが解禁された当時(1999年)、フランスの雑誌でその状況が取り上げられました。特に、中絶については、痛烈に批判しています。以前も少し書きましたが、中絶に対して、西欧と日本には大きな考え方の差があるようです。1999年の記事の抄訳です。

そして、代理出産してまでも血のつながった子どもを望む人がいる一方で、赤ちゃんポストに子どもを託す人もいる。

中絶よりシングルマザー イギリスの事情
英国のシングルマザーに関する1993年の新聞記事の抄訳。イギリスでは130万人が片親で、そのうち90%が女性、若い女性が多い。問題はシングルマザーの貧困にある。可能な対策として、住宅および家族ローンの改善、逃げる父親を追跡するシステムの強化。

この国の出産や子育てに対する考え方は、一貫性がないような気がする。

子どもに興味のない女性、何が何でも血のつながった子が欲しい女性、無知のまま遊んでいるうちに妊娠した女性、経済的などの理由から泣く泣く子を手放す女性。

こうした女性たちを一堂に集めたら、出産や子育てについて、どんな話しをするのだろう。

同じ日本人にもかかわらず、全く理解し合えないかもしれない。

出産や子育ては個人的な問題ともいえるけれど、大枠としての方向性みたいなものはないのだろうか?

たとえば、「命は尊い」といえば、ほとんどすべての人がうなずくような、「出産や子育ては○○」といった、大多数の人が納得できる共通認識というのはないのだろうか?

たとえば、フランスでは、子どもを育てる価値として、「自分が大人になる」といった言い方をよくする。

このような表現は日本で聞いたことがない。

「子育てには、”自分が大人になる”という素晴らしい価値がある」となれば、より人間的に大きくなるために子育てしようか、という気になるかもしれない。

出産そのものより子育てに重きを置いたら、血にこだわって苦しむ必要もないかもしれない。

フランスは代理出産禁止だが、養子縁組はかなり盛んだ。

軽率な中絶も、遊んだはずみの妊娠も、大人として失格との自覚が生まれるかもしれない。

「子どもは苦手だから欲しくない」という人がいても不思議ではない。

フランス人なら、「子育ては価値があるのよ!」と議論になりそうだが、「子育ての良さがわからないし、価値はあるの?」という日本人は多そうだ。

日本人の「出産や子育て」のイメージはどんなものだろう?

子どもはかわいい、愛する人の子どもが欲しい、結婚したら普通のこと、家族を作りたい、とかかな?

「子どもはかわいい」というのはわかるが、子育てはそんな楽しいことばかりではないだろう。

「愛する人の子どもが欲しい」というのはあるだろうが、「結婚したら子どもができるのは普通」といった考え方は、昔ながらの家族の形に執着している気がする。

子どもが欲しくなったら事実婚から結婚に切り替える、というのはフランではよくある話だが、その場合、家族を作りたくなったから結婚する、のであり、結婚したら子どものいる家族が普通、というのとは違う。

日本の伝統的な「出産や子育ては○○」(たとえば、”女性として当然の喜び”とか)は、現代社会に生きる女性に適合しているとは必ずしもいえない。

だからといって、説得力のある新たな価値観はないし、共有もしていない。

この国の少子化政策は、経済的な理由が中心のように思えてならない。

つまり、高齢者を支える人や労働者を増やすための政策。

一方で、代理出産は、血統をつなぐ、女性であれば出産の喜びを味わうのは当然、といった個人的な理由で語られることが多い。

同じ出産や育児でも、それぞれがバラバラに進んでいくので、結局、チグハグのまま解決できないなのではないかと思う。

(2007年4月28日)

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