原発 「福島の農作物を食べないで!」福島で話したこと(2) 放射能は目に見えないが、空気や水、土を汚染する。福島のお母さんたちは当然、食品についても心配していた。「汚染水が海に流れたら、お魚が食べられなくなるんですよ。今の数値だったら、まだきれいにする方法もある」 2011年6月に福島で聞いた話。 原発福島原発事故記事
原発 相馬高校「今、伝えたいこと(仮)」を再び 原発をテーマにした演劇を制作・上演する女子高生が本音トークショーの記録。「芝居をやることで、当時のことを思い出し、つらい」「思い出すのがつらくて、本当は忘れてしまいたいぐらい。忘れたら、原発とかどうなるのかと考えると、忘れるわけにいかなくて」 原発福島原発事故記事
原発 仏版Elleに掲載された「フクシマの母親たちの怒り」 「避難すべきか、残るべきか? 政府が危険性を軽視した状況、そして被ばくの恐怖のなかで、福島の女性たちは絶望に打ちひしがれながらも、救済の道を模索している」とフランスの女性誌『エル』に2011年12月23日号に掲載された記事の抄訳。 原発福島原発事故記事
原発 2011.3.11福島原発事故直後の地元女性たちの訴え 2011年6月、東京での集会で福島からの3人のお母さんの訴えを聞いた。不思議なほど、福島からの声は、私たちに届かず、福島の方々がどのような思いで日々暮らしているのか、その実状を直接耳にするのははじめてだった。お母さんたちのお話の一部を紹介。 原発福島原発事故記事
原発 2016年に「3.11甲状腺がん子ども基金」が設立 福島では、小児甲状腺がんと診断された本人や家族は世間の目を恐れて孤立し、患者の家族同士がつながることさえ難しい状況だという。治療などの経済的負担も大きいため、「3.11甲状腺がん子ども基金」を設立。2016年9月にシンポジウムが開催された。 原発福島原発事故記事
原発 国連人権委が福島原発事故の問題に対しはじめて勧告 国連の人権規約委員会が2014年7月に、「福島原発事故で被害をこうむった人々の生命を保護するために必要なあらゆる措置を講しなければならない」とはじめて福島第一原発事故問題を勧告した。福島事故が人権問題として取り上げられたのは画期的なこと。 原発福島原発事故記事
原発 「全部男の人たちが決めるから」福島で話したこと(1) 2011年6月、福島で4人の女性(母親)からお話していただきました。 そのなかで出てきたのが、行政や学校にかけあう際にぶつかる壁。 これは、福島の原発事故に限ったことではなく、これまで打破できなかったがために、今回、子どもを巻き添え... 原発福島原発事故記事
原発 福島第一原発事故で町民が故郷を奪われた楢葉町を訪ねる 2014年11月、楢葉町を訪ねた。放射能汚染のため処理ができず、被害にあった家もそのまま放置されていた。除染作業は丸2年かけて終了したが、いたるところに大量の黒いフレコンパック。楢葉町だけで56万袋だという。サッカーJヴィレッジは無残な姿に。 原発福島原発事故記事
原発 女性除染作業員の取材追記 原発事故から3年の福島市 福島原発事故後、国の除染事業がスタートした。「除染作業員のなかに、女性もいますよ」と聞き、2014年2月に福島市を取材。除染作業は、放射能に対する感覚がマヒしたかのような環境のなかで、一般の道路工事や草刈りの延長のように行われていた。 原発福島原発事故記事
原発 「町民の5割が戻らない」避難指示解除後の大熊町の現状 2019年4月、福島県大熊町は福島第一原発の立地自治体のなかで初めて、一部地域で避難指示が解除されたが、10月31日現在の町内居住率は1%。3月に発表された大熊町民のアンケート調査結果をみても、「戻らないと決めている」人は55%を占めている。 原発福島原発事故記事