チェルノブイリ原発事故によるフランス甲状腺がん訴訟

1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故の際、フランス政府は「国境で放射能雲が止まったから安心」と発表しました。
しかしその後、フランスでは500人もの人が甲状腺がんを発症。そのうち6人が「フランス甲状腺病の会(AFMT)」を設立し、チェルノブイリ原発事故の放射線が原因だとして、活動をつづけています。

フランスの週刊紙『カナール・アンシェネ』の原発特集号(2011年10月)に掲載された記事の抄訳です。
タイトルは、「Un avenir irradieux(被爆者の将来)」。


500人が甲状腺ガンに苦しんでいる。患者らは数年かけて力を結集し、「フランス甲状腺病の会(AFMT)」を設立した。そして2001年になってやっと、政府の情報操作とガン増加の深刻な結果を認めさせる訴訟を起こした。

時間はむなしく過ぎ、患者たちの声を聞いてもらう闘いをはじめてから11年後の昨年5月、原告の弁護士ベルナール・フォは、「悪化する欺瞞」による「過失傷害」、「決定権を持つ機関と大衆に対する(チェルノブイリ事故につづく数日間の)危険な放射性物質の存在の隠蔽」の罪で訴えた。救済を要求する人権侵害訴訟として、超スピードで通過する方法だ。

手続きが遅くなった理由のひとつは、係争中にかなりおぞましい論争になったという事実にある。

人間が甲状腺ガンになるほど被ばくするとしたら、それはどのレベルなのか? どのぐらいの放射能を浴びているのか?

鑑定報告書は根本的に意見が別れる。なぜなら、放射線とガンの死亡の因果関係を確立させるのが難しいからだ。

1996年のWHO報告書によると、チェルノブイリ事故の被害者は、すべての国を合わせて、死亡者32名、ガン患者2000人程度、ガンによる死亡なし、と限定されている(最近の報告者では被害者の数が増えている)!

他の報告書が見積もった数は4万人、それだけでなく56万人が死亡したともいう。
ひとつは1986年直後に確認された数であり、もう一方は25年でなくなった数も合わせている(ウクライナの最近の報告書は、50万人死亡となっている)。

500人の原告の訴訟のマリー=オディル・ベルテラ=グフロワ裁判長は、ホルモン増加、汚染血液、狂牛病などの保健衛生医療の専門家である。そこで、ただちに真剣にこの問題を取り扱い、多くの鑑定を行い、その鑑定をさらに鑑定し、家宅捜査を行い、ペルラン(元フランス放射線防護中央局の局長)の協力者に電話で話を聞くところまで命じた。
2003年の某日に行われた一本の電話のおかげで、巧妙な汚い策略が判明した。

その年、科学アカデミーは、クリラッドが実現した科学的議論と測定を無効にし、優秀な科学者の確固たる無罪を証明する「歴史的な修正」を発表した。

しかし、その直後に、原子力医療および放射線の専門家3人が署名した報告書は、実際にはペルラン氏自身によって再作成されていたことが、司法官によって証拠にされた!

さらに好都合なことが起こった。聞き取り調査で、報告書の偽造者とペルラン氏の滑稽な会話が暴露されたのだ。偽造者はメディアから質問されることを心配し、ペルラン氏に、これらの情報源はどこなのかと聞いている。ペルラン氏は偽造者に、メディアを満足させる回答の指図を出した…。

2006年夏、クリラッドの支援を受けたAFMTは、ペルラン氏を直訴する。同年3月末、ペルラン氏には非公開で判決が下された。当然、パリ検察は被告人側についた。しかし、今回―そして初めて―、裁判官が被告の抗弁をする前に、予審免訴を要求したのだ!

9月7日、パリの控訴院は予審免訴の判決を下した。控訴院は、保健衛生の影響を証明するのは不可能と判断し、この一件は終わった。現在88歳になった被告人ペルラン氏は、昂然と引退生活を送っている。不明瞭なウソの隠蔽。AFMTは放棄していない。「毒物による人権侵害」でヨーロッパ刑事裁判所にこの件を訴える準備をしているという。

(2013年11月8日)

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