「町民の5割が戻らない」避難指示解除後の大熊町の現状

今年(2019年)4月、福島県大熊町は福島第一原発の立地自治体のなかで初めて、一部地域で避難指示が解除された。

その大熊町で11月10日、町長選が投開票され、無所属新人の前副町長吉田淳氏が初当選した。報道によると、吉田氏は、「町に戻る人だけでなく、戻らない人や新たに入って来る人と協力して町を再生したい」と述べたそうだ。

避難指示が一部解除されたものの、10月31日現在の町内居住率は1%。3月に発表された大熊町民のアンケート調査結果をみても、「戻らないと決めている」人は55%を占め、「戻りたいと思っている」人は14.3%でしかない。

「中途半端な政策で人を追いやってしまうことに怒りを感じる」

自宅が大熊町にあり、福島第一原発事故以前から原発に反対の声を上げていた、町会議員の木幡まゆみさんは、避難指示解除に批判的だ。

「大熊町には病院がない。冨岡町のふたば医療センター付属病院まで行くしかない。患者の少ない大熊町に医者は来るだろうか。また、帰還者は年寄りが多いのに、介護センターもない。介護士が集まらず、外国人労働者の間では、『あそこには行かないほうがいい』と言われているらしい」

食料品や日用品を揃えた大型スーパーマーケットも、大熊町と隣の冨岡町にはない。

「戻って生活をはじめて、まずやらなければならないのは、水を買うこと。子どもや孫が来たときには、飲ませる水がないから。自分で車の運転ができない人は、バスで運べないからタクシーを利用しなければならない。相乗りをしても、水代でかなりお金がかかる。贅沢できず、かつかつのお金でやっていくしかない。帰ってきたのはいいけど、そういう生活。大熊の人は農家が多いから、年金も少ないんです」

帰宅困難区域の女性「帰ったら危ない」で町民に叩かれる『週刊女性』3月24日号

大熊町に限らず、避難指示が解除された双葉郡の町や飯舘などはどこも、中心地はきれいに整備され、除染して線量が低くなったが、少し離れると閑散とし、周りを囲む山々は線量が高い。大川原地区に新設されたコンクリート建物内は、空間線量が0.05~0.06μ㏜だが、山のほうは0.6~1μ㏜と10倍の高さだという。

今回、大熊町で避難指示が解除されたのは、大川原地区と中屋敷地区の約30平方キロメートル。もともと町の中心地ではなかったこともあり、震災前の両地区の世帯数は町全体の3.3%にすぎない。そうした地域で復興のまちづくりが行われている。

大熊町中屋敷地区の南側は川内町、北側は浪江町の帰還困難地域に隣接し、帰還困難地域はまったく除染していない。

「浪江町の帰還困難地域との境には黄色い柵があるだけ。こちら側は解除されていても、その辺りの線量は高く、測ったら3.24μ㏜でした。線量ではなく、地域でわけるので、解除地域といっても、線量の高いところと低いところがある。それを知らないんですよね」


会津若松の大熊町民の仮設住宅(2015年2月撮影)

大熊町は最近、観光地に訪れる若者が多いそうだ。

「『東京の学生です。解除になったので、見学に来ました』とウロウロ歩いている。バイクは禁止されていますが、二輪車でくる人が多い。注意すると、嫌な顔をされますよ」

3月には新庁舎が大川原復興拠点に完成した。4月の開庁式は一大イベントで、安倍総理は黒塗りの車で遅れて到着したそうだ。その脇には、1部の国会議員あいさつの場には姿を見せなかった、地元福島選出の自民党の森まさこ参議院議員がすっと立っていたという。

新庁舎建設の財源には経済産業省の電源立地地域対策交付金が充てられた。大熊町のホームページによると、25億8千620万円が交付金相当額だった。

「この庁舎は大熊町ではなく、国の税金で建てられました。1階は多目的会場ですが、どれだけの人が来るでしょう。町に若い人が戻らなければ、高齢者がこれを維持管理していかなければならない。双葉郡ではいろいろなイベントをやったり、モノづくりをしたりしていますが、それを維持管理していかならないのは若い人たち。彼らにそうした負担をかけていいのだろうか、と」

避難指示が解除された大熊町は、固定資産税の課税再開を準備しているという。避難指示が出ている間は、全額免除されていたが、大熊町の公式HPに、「先行解除された隣接町村の実績、法令等を踏まえ」課税するとの記載がある。避難指示解除された他自治体では、解除後3年間は減額などの措置がとられている

「固定資産税は、自分の家で食べ物を作ったり、花を植えたり、こちらに何か利益があるから払う税金。安心して暮らすることができないのに、税金をとること自体、おかしいでしょう」

大熊町の一部地域の避難指示解除は、国が「4月10日解除」と決定した。命令ともいえる、強い圧力があったという。

「双葉郡にも、飯舘にも、浪江にも、『まだ解除は早い』という町会議員はいますが、国の命令に従わなければ、お金が入ってこなくなり、自治体として成り立っていかない。たとえば、大熊町では住民の医療費をしばらく無料にしたいのですが、いまは町民の税金が免除されていて税収がないため、国からの交付金がなければ、それができません。国の予算なしに、町の復興はない。だから結局、実際は何も整っていないのに、しかも線量も高いのを知っているのに、妥協してしまう」

帰還を促進する一方で、国も自治体も、具体的な将来の方針については何も示していない。

「放射線が高い、帰っても何もない、働くところがない、といって帰りたくない人を帰らせて、どうしたいのか? このままでは、医療費がかさむだけ。帰るよう促されて帰った人が、帰還後も元気に暮らすという、ひとつのモデルケースをつくっていくべき。帰りたい人も、帰りたくない人も苦しみは同じ。どちらも差別してはいけない。自主避難は当たり前の権利だし、帰った人が安心安全に暮らす権利も守らなければならない」

福島第一原発事故から8年以上経ち、大熊町をはじめ、福島の人々は身も心も疲れて果てている。

「字も読みたくないぐらい。でも、国や町から送られてくる書類は細かい字ばかり。税金を払えとか、そういう支払いの書類だけ」

避難して復興住宅で生活する人のなかで、仕事や将来のことで一番悩んでいるのは50代や60代だという。別の仕事がなかなか見つからず、家に閉じこもったり、自死や病気で亡くなったり、精神疾患を患ったりする人が少なくない。

「経済や政治の権力者は、住民を好き勝手に扱い、何も悪いことをしてなかった人たち、普通の生活をしていた人たちを追いやっていく。私たちの責任で原発事故が起きたわけではない。誰の責任だ、といったら、原発を推進し、原発を造った国にある」

(2019年11月12日)

 

福島第一原発事故で町民が故郷を奪われた楢葉町を訪ねる
2014年11月、楢葉町を訪ねた。放射能汚染のため処理ができず、被害にあった家もそのまま放置されていた。除染作業は丸2年かけて終了したが、いたるところに大量の黒いフレコンパック。楢葉町だけで56万袋だという。サッカーJヴィレッジは無残な姿に。
女性除染作業員の取材追記 原発事故から3年の福島市
福島原発事故後、国の除染事業がスタートした。「除染作業員のなかに、女性もいますよ」と聞き、2014年2月に福島市を取材。除染作業は、放射能に対する感覚がマヒしたかのような環境のなかで、一般の道路工事や草刈りの延長のように行われていた。

女性除染作業員の思い 福島第一原発の放射能に怯えて『週刊女性』3月11日号

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