劣化ウラン弾の放射能の影響で増加するイラクの小児ガン

2011年8月7日、広島でイラク人小児ガン専門医のフサーム・サリッヒ医師の報告会がありました。
フサーム医師はイラク南部バスラで、小児白血病の専門医として働いています。

以下、その報告会のお話。


セイブイラクチルドレン広島の支援で、今回が4度目の来日です。2004年に広島大学病院で研修を受け、日本の大変進歩した医療技術を学んだおかげで、イラクに戻ってから多くの子どもたちを助けることができました。

私が以前働いていた病院のガン専門病棟には、1999年ごろベッドはたった6台しかありませんでした。
2003年に、オーストラリアとアラブの協力で、新しい病棟が増設されました。ここのベッド数は24台です。外来には毎日多くの人が診察にやってきて、入院患者用のベッドは足りず、床で治療をすることもありました。
2010年に新しい病院に移転しました。バスラ子ども専門病院がんセンターです。この病院は、アメリカのホープ・プロジェクトが出資し、ブッシュ前大統領夫人も寄付しています。こうした病院ができるぐらい、イラクではガンが増えているのです。

新しい病院には、多くの医療機器がそろっていますが、それでもまだ十分とはいえません。たとえば、MRIやCTなどはありません。また、放射線治療用機器はすぐ届いたのですが、設置するのに1年かかり、使いこなすための訓練にもう1年かかるので、実際に使うのは2年後ぐらいになるでしょう。
この病院のベッド数は123です。病院のスタッフは、小児科医が7人、研修医が6人、巡回医が4人。

2004年から2010年12月までのガン患者数は755人です。最も多いのが、白血病とリンパ腫ガンです。2010年12月のガン患者は543人で、白血病は369人、リンパ腫ガンは174人でした。
毎月約300人の患者が病院を訪れ、そのうち、12~15人が新たにガンと診断されます。

医療機器は不足しています。検査用の医薬品なども足りません。機械が壊れていたり、医薬品が供給されなかったりするため、建物は5つ星のホテル並みですが、治療の中身は以前と変わらず、同じ機器を使い、同じ治療法を行っています。

イラク戦争中にガンが増加した理由は、1991年と2003年にアメリカ軍が使用した劣化ウラン弾にあると思います。1991年にはバスラ西部で300トン以上の劣化ウラン弾が落とされました。2003年にはその5倍が投下されました。
放射線汚染を示したバスラの地図を見ると、1991年に西部地域で、2003年には中央部分で、バスラだけでなくイラク全土で劣化ウランが使われたのがわかります。

年齢および性別とガン患者数の関係では、1~4歳のグループが、男女とも多いのがわかります。1~4歳の白血病患者は、男子43人(46.2%)、女子41人 (59.4%)です。

患者の住んでいる場所と患者数では、バスラ中央と北部地区の割合が高く、白血病患者は それぞれ34人(20.9%) です。この2つは、2003年の戦争で、劣化ウラン弾が最も使われた地域です。

固形ガンに関しては、交感神経系のガンの割合が高く、35.8%です。

2004~2010年のバスラのガンのタイプでは、白血病が35.5%、リンパ腫ガンが12.8、固形ガンが37.7%が高い割合を示しています。

2004年から2009年までのガン患者数の推移を調べると、2004年は20人、2005年は23人、2006年は27人、2007年は28人、2008年は26人、2009.年は41人、そして2010年は45人で、わずかずつですが増加しています。

固形ガンに関して、年齢および性別の患者数は1~4歳のグループが多く、患者の住んでいる地域は、他と同様に、バスラ中央(47%)と北部地区(24%)が高い割合です。

イラクの医療が抱える問題としては、まず、医薬品の不足があげられます。抗がん剤や化学治療薬、慢性病向けの薬などが欠如しています。化学治療薬は、NGOから援助してもらっているのが現状です。
また、予防可能な病気のためのワクチンなども不足しています。というのは、1991年から2003年までの経済制裁で、アメリカは、武器として使用する可能性があるとして、ワクチンを禁止したからです。
多くの病気を検査するための基本的な最新医療機器も不足しています。
最新の医療を行うための研修も、医師や看護師、技術者は満足に受けることができません。
私は広島に来るチャンスに恵まれ、別の医師は名古屋大学で研修をしていますが、NGOの支援なしでは、こうした研修は実現しません。

治療をするにあたり、患者の家族にも問題があります。多くの家族は、子どもの病気は治らないと思い、治療を断念してしまいます。また、化学治療を信じていない人もいます。ガンは手術で摘出したり、放射線治療もありますが、満足な医療機器がそろっていないイラクでは、化学療法がとても重要なのです。それさえも、十分に行うことができないという現実があります。
貧困も大きな課題です。イラクは石油が豊富な国ですが、その恩恵を受けていません。
また、医薬品の運搬や価格の問題もあります。

私の勤務する病院で直面している一番の問題点は、誤診や診断ミスにより、時間を無駄にしてしまうことです。こうした診断ミスで、早期発見が遅れたり、適切な治療ができないというのが最もよくあるケースです。

イラクの現状と戦争の代償についてお話します。
イラクでは、きれいな水、電気といった、最低限必要な基本的な暮らしができない状況です。バスラは夏場45~50℃になります。昨日、バスラの家族に電話をしたら、「今日は52℃だったから、しばらく広島にいたほうがいい」と言われました。こうした環境のなか、1日のうち18時間電気が止まっていて使えません。ですので、各自で小さな発電機を購入していますが、貧しい人たちは発電機を買うことができません。

安全がまったく保障されず、特にイラク中心部は危険に満ちています。多くの人がイラクから国外に逃れています。科学者など多くの知識人が移民しています。
教育への政府の援助はなくなってしまいました。イラクは以前、識字率の高い国で、93%だったのですが、今では39%に下落してしまいました。
戦後、医療保険制度も崩壊しました。

3つの大きな戦争と経済制裁の結果、イラクの教育制度は大きく悪化し、崩壊しました。
学校といった施設が破壊され、教材が不足し、国際社会との接触もなく、十分に研修を受けたスタッフも欠如しています。教育の機会と質の高い教育に向けて、しっかりした取り組みをつづけなければなりません。

家族を失った子どもたちはホームレスになりました。多くの人が家族と家を失いました。全て失った人の多くが、バスラなどの町から出て行きました。バスラだけでなく、イラク中が同じような状況です。そして、毎日多くの人が命を落としています。

多くの子どもが親を亡くし、純真さを失っています。銃をつきつけて遊ぶ小さな子どもたちも珍しくありません。目の前で親を殺され、泣きじゃくる子どもたちもたくさんいます。

子どもたちの絵を紹介すると、小児ガンの患者のひとりは、「戦争はいやだ、平和がいい」と描いています。
化学治療を終えた子どもは、病院に「バイバイ」と言っている子どもを描いています。たぶん、自分も白血病だったのでしょう。絵のなかの子どもは髪の毛がありません。

私の患者の写真を紹介します。私の聴診器を自分の首に下げ、医者を気取っている男の子。
15歳のリンパ腫ガンの女の子は、鮮やかなクルド民族の衣装を着ています。

白血病の女の子は、両親が化学治療を拒否し、子どもを退院させてしまいました。私たち医師が説得したのですが、ダメでした。

ここでは十分な検査ができなので、親がヨルダンに連れていった患者もいます。彼女の両親は裕福なので、それができました。

11歳の白血病患者で、効果的な医薬品がありません。
5歳のリンパ腫ガンの女の子は、化学療法でいったんは治ったのですが、病気が再発しました。別のタイプの化学治療が必要です。彼女のケースは非常に難しく、親がイランで治療する決心をしました。

バスラから200キロ離れたナスリアから来た白血病の女の子は、家が遠いため、十分な治療ができません。
同じようにバスラから200キロ離れたオムラから来た子は、両親が病院に連れて来るのがとても難しく、結局、治療をあきらめてしまいました。この家族にはたくさんの子どもがいるので、ひとりの子どもの治療ために家を留守にするわけにはいかないのです。4~5人の子どもたちを失うより、ひとり失うほうがいい、という考えで、こうした家族はたくさんいます。

何度も再発しているリンパ腫ガンの女の子もいます。私たちの病院には化学治療以外の治療手段がなく、彼女の両親は貧しいので、他の国に連れて行くことができません。彼女のガンは非常に悪化していますが、他に選択肢がないのです。

悲しいことばかりではなく、ときには良い話もあります。白血病の女の子は病気を克服し、今は18歳になり、入院中の子どもたちに勉強などを教えています。

(2011年8月23日)

病院の惨状と復興への思いをイラク医師が語る(2008)
イラク戦争から5年。来日したバスラ産科小児科病院のフサム・サリ医師に、病院が抱える問題、大統領選を控えた米国への期待などのお話をうかがった。「この混迷は米国が退去するまでつづくだろう」と言う。『日刊ベリタ』2008年8月18日に掲載された記事。
イラク南部バスラで増加する子どもの白血病と脳腫瘍
イラク南部バスラで小児がんの治療にあたっているフサーム・サリ医師。増加する白血病や脳腫瘍、厳しいイラクの医療体制について語った。2009~2017年の急性リンパ性白血病の発症数は年々増加。貧困などの理由で、治療を断念するケースも少なくない。

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