恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑3

それでは、取り調べはどのようなものだったのか。

恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑1
恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑2

4月14日から21日まで、Aさんは被疑者として千歳署2階4号室で任意取り調べを受けた。取り調べは主に警察官Dが担当し、警察官Eが取調補助官だった。
Aさんが損害賠償請求訴訟で違法としたは、4月14日と4月21日の任意取り調べだ。その訴訟の判決に基づき、裁判所が認定した取り調べの実情をみていきたい。ここにある「原告」はAさんである。

4月14日は、午前8時39分から午後10時33分までの約14時間、任意取り調べが行われた。その間、休憩は約2時間。午後0時5分から午後1時10分まで昼食休憩、午後6時45分から7時15分までは夕食休憩が取られ、午前10時31分から午後10時41分まで、午後4時15分から午後4時30分まで、午後8時40分から午後8時45分までの計3回のトイレ休憩があり、女性警察官Wがトイレ手前で立ち会った。

Aさんは、午後4時15分にトイレに行った際、ふらふらと足下がおぼつかない様子だった。トイレでWから、「思っていること、感じたことをすべて話しなさい」と言われると、「だって信じてくれないだもの」「信じていたのに、会社の人も、皆が私を疑っていたって」「帰りたい」と言い、号泣している。

4月15日は、午前8時22分から午後7時5分までの約10時間半で、午後0時2分ころ伊東弁護士が原告との面会を求めたため、午後4時15分まで中断している。

4月17日の取り調べは、午前9時47分から午後8時までの約10時間。午後0時から午後1時まで昼食休憩がとられた。

4月18日は、午前9時8分から午後7時5分までの約10時間。午後0時5分から午後1時10分まで昼食休憩がとられ、各5分程度のトイレ休憩が3回だった。この取り調べでは、「Gとの交際について」「3月16日の退社後の行動について」「被害者の携帯電話について」の供述調書が作成された。

4月19日は、午前9時2分から午後5時8分までで約8時間。午後0時から午後1時10分まで昼食休憩が取られた。「被害者の携帯電話について」「灯油の購入について」「被害者について」「e町の地理について」の供述調書が作成され、供述調書の読み聞きに際し、Aさんは補足を求め、供述調書が訂正された。

民事訴訟において、4月14日の任意取り調べの信憑性のある証拠として採用されたのは、取調官Dが上司に報告して決裁を受ける目的で職務として作成した捜査報告書と、トイレおよび夕食に立ち会った女性警察官Wの捜査報告書、それから、Aさんの主張を裏づける証拠として、4月26日に弁護人が聴取して作成した文書と、取り調べ時に逐次作成していたメモに基づいて作成されたJの陳述書だ。

Aさんは供述拒否権の不告知を主張していたが、裁判所は、「被疑者の取調べに当たって、供述拒否権を告知すべきことを警察官であるD及びEが認識していなかったとは考えられず、また、原告は、実際に、相当数の質問に対して黙秘しているのであるから、供述拒否権が告知されなかったとは認めがたい」と却下している。

取調官の態度については、「幾分の誇張はあるとしても」と前置きをして、取調官DがAさんに対し、「『お前の心は鬼だ』『早く人間に戻れ』『あんたがやったのか』『お前さんじゃなくて、違う人に頼んだのか』『早く言った方が楽になる』『親や、お前のことを心配してくれる人のことを良く考えろ』『何で謝れないんだ。ごめんなさいと言えないんだ』『死んでいく彼女の顔を思い出してみろ』」といった発言をしたと認めている。また、「Dが、会社関係者も、原告が犯人であると疑っていると述べたと認めることができる」ともある。

頭痛や吐き気を訴えるAさんに対し、「『そんなことで誤魔化すな』と怒鳴り」、トイレに行きたいと求めたときに、「『自分の欲ばかり言うな』と述べ、トイレから戻ると、『ようやく人間の心を取り戻したか』といった発言をした」ことも認めている。

しかし、「Dが怒鳴ったのは、トイレに行くことを希望した原告に対し、『そんなことで誤魔化すな』と発言した際のものしか記載されておらず、原告は、休憩時間でのWとの会話の中で、Dの言動に恐怖を感じていると訴えていたことは窺われないため、Dの口調の程度は、全体として、必ずしも、怒鳴るようなものではなかったと認めるのが相当である」とみなす。

そして、Dの発言は「比較的強い口調であるとともに、その言辞自体、一部穏当を欠いたということはできる」が、「事案の重要性、嫌疑の有無ないし程度等を勘案するまでもなく違法と評価されるほどの、脅迫に類するものでないことは明らかである」と断定している。

また、Aさんがトイレの際に足下がふらつくほどに精神的に疲弊していたことから、「取調べが相当の精神的な負担となっていたということはできる」と理解を示したうえで、「被疑者として取調べを受けるということ自体、相当程度に精神的な負担となるのである」から、「直ちに、取調べにおけるDの言動などが、脅迫またはこれに類するものであったということはできない」と言い切っている。

さらに、この殺人事件は極めて重大事件であることは明らかで、Aさんには嫌疑があり、その程度も決して低くないため、「指紋の発見や直接犯人性を肯定する明白な証拠がないからといって、直ちに、嫌疑が否定されるものでない」ともある。

Aさんが犯人であると強く疑い、事実を語るよう求めたことに関しては、「一般に警察官である取調官が、被疑者に対し、このような趣旨の発言をすること自体は、何ら違法と評価されるものではないが、取調官は、取調べにおいても、被疑者の名誉、人格等を不当に毀損することのないよう相応の配慮をすべきである」と述べ、このような観点からDの発言をみると、「比較的強い口調で、犯人と決めつけるかのような発言や、被害者に謝罪するよう求める発言をしており、特に、『お前は鬼だ。早く人間に戻れ』との発言は、穏当を欠くといわざるを得ない」と認定した。

しかしここでもまた、「事案の軽重、嫌疑の程度、被疑者の供述内容等諸般の事情」などを考慮すると、Aさんは、重大事件の被疑者として相当な嫌疑があり、そのような状況下で客観的な捜査資料と矛盾した供述や、うつむいて返答しないか、覚えていないなど、明らかに不自然な供述、態度を示したため、「Dの発言が一部穏当を欠いているものの、真実を述べるよう求めるもの」であり、「社会通念上相当と認められる限度を逸脱していたとはいえない」と締めくくり、4月14日の任意取り調べに違法はないとした。

4月21日の取り調べは、午前10時27分から午後8時27分まで、約10時間行われた。午後1時から午後2時10分まで昼食休憩を取ったが、夕食休憩はなかった。
この日はAさんが体調を崩したため取調べが中止になったが、そうでなければ、かなり長時間行われた可能性がある。

この取り調べは以前より厳しかった。昼食休憩に立ち会うため、女性警官Nが取調室に入室したところ、Aさんは横を向いて泣いていた。Nは昼食を取るよう勧めたが、Aさんはほとんど言葉を発せず、食事が進まない様子だった。昼食後、トイレに行ったが、足下はふらつき、手で壁をつたって歩く状態だった。

午後6時10分ころ、Aさんは「帰ります」と言ったが、Dに「そういうわけにはいかない」と拒まれ、取調べは続けられた。

午後8時23分ころ、カバンを手に持ち、「帰る」と立ち上がった際、Dは、「あんたの同僚の被害者が殺された事件の話を聞くため、ここに来てもらっているんだ」「朝から何一つ質問に答えていないではないか」「椅子に座って質問に答えなさい」などと発言。

Aさんは午後8時27分ころ取調室内のドアの前に立ち、室外に出て行こうとした。取調官Dが「あんた、最悪の結果にしようとしてるんだぞ」と声を荒げたとき、Aさんは膝を折るようにして、床に崩れ落ちる。

取調べは中止となり、Dが退室し、入れ替わりに女性警察官が入室。Aさんは体に力が入っていないらしく、手足を投げ出すようにして椅子に座っていた。ときどき嗚咽を漏らすなどしていたため、嘔吐用のゴミ袋が用意された。その後、Nらが、Aさんの額に冷たいタオルをあてがい、背中をさすったところ、やや平静に戻り、女性警察官が声をかけると、薄く目を開き、その方向を見るなどしていた。なお、熱はなく、脈拍は正常だったという。

その後、Aさんは自分で座り直し、泣きながら、「帰りたい」と願い出た。連絡を受けたJが迎えに来たため、女性警察官2人に支えられ、足をひきずるようにして退室し、乗車して帰宅した。

4月21日の取り調べについての信用できる証拠は、Dが上司に報告して決裁を受ける目的で作成した報告書と、取り調べおよびトイレに立ち会った女性警官Nが職務として作成した報告書、それから、Aさん側の前記2文書である。

Aさんに対する嫌疑について裁判所は、すでに相当程度存在していたが、「その後の捜査により、さらに増幅し、4月21日の取調べ時点では極めて高くなっていたというほかない」と断じている。

2人の警察官はこの日、「供述の矛盾点を追求する方針で、それまでの取調べに比して厳しい態度で取調べに臨んだと認められ」、「このことは、原告が精神的に疲弊していたことからも窺われる」ゆえ、DとEの言動は「穏当を欠いたものであり、その口調も相当強いものであったことからすれば、問題がないわけではない」と指摘する。

そして、Dが、「『お前、やったんだべ』『ごめんなさいと言え』『自分の口でちゃんと言わないと楽にならない。胸のつかえは取れないだろう』『あんたが殺したの』『お前のやってること、悪戯電話なんかでない、脅迫だ』『髪で顔が隠れて見えないので、ゴムで髪をまとめなさい』『3月12日から16日にかけて被害者に電話をかけているのに、なぜ、3月16日の朝にかけたきりやめてるの』『3月16日に被害者が殺されたのを知っているから、電話をかけていないのではないか』」などの発言をしたと認めるのが相当であり、「俯いたままの原告が首を横に振った際に、Eが、『縦にも振れるだろう』と発言したとしても不自然とは言い切れない」と認めている。

裁判所は、「警察官である取締官が、取調べにおいても、被疑者の名誉、人格等を不当に毀損することのないよう相応の配慮を払うべき」としたうえで、「このような点からみれば、取締官の発言は、穏当に書くというべきである」とも認定する。

それでもなお、Aさんが「重大事件である本件殺人事件の嫌疑者として、極めて高い嫌疑が存在していたにもかかわらず、終始俯き、一切を黙秘する態度に終始していた」ため、「真実を述べるよう求めたもの」とDの発言を評価し、「被疑者である原告が、取調官の質問に対し黙秘することに、何ら問題がないことは当然であるが、そのような場合に、取締官が理詰めの追及をし、ときとして、その声が大きくなることには、やむを得ない面がある」と容認している。

また、手を伸ばしてAさんの頭髪を払うようなしぐさをしたことはD自身が認め、裁判所も「終始俯いたままだったため、Dが頭髪を払ったとしても不自然ではない」と推定する。ところが、「Dの行為が、ことさらに原告に畏怖心を与えるようなものであったとは考え難い」とし、「頭髪を払ったとしても、ことさらに原告の恐怖心を煽るようなものであったとはいうことはできない」と判定する。

Aさんの「帰りたい」という求めが聞き入れられなかった点については、「任意取調べにおいて、被疑者は、その自由な意思により、取調室から退室できるのであって、警察官である取調官が、これを不当に妨害するようなことがあってはならない」のを踏まえて、「午後6時10分ころに退室を申し出た際のDの『帰すわけにはいかない』旨の発言は、それ自体としてみれば、原告に対し、退室を許可しないかのような発言であって、適切とはいい難い」と認めた。

にもかかわらず、Aさんがそのまま着席し、午後8時23分まで退室を申し出ていないため、Dの言動がAさんの「意思を制圧するほどのものでないことは明らかであり、強制手段による監禁とは評価され得ない」とした。そして、Dは席に戻り取り調べを受けるよう発言したにとどまり、それ以上にAさんの身体に触れたとか、その退室を著しく困難にするといった行為には出ていないため、Dの発言は「軽微」だったとみなしている。

Aさんは午後8時27分ころ、Dに「あんた、最悪の結果にしようとしてるんだぞ」ときつく言われ、床に崩れ落ちた。取調官Dと女性警察官Nは、これを「演技」と証言していたが、裁判所は、「意識を失ったかどうかはともかく、精神的に相当に疲弊していたため、崩れ落ちるようにして座り込んだものと考えるのが自然である」と否認した。

そして、Aさんの状態について、「その後も、自力で歩行して退室することすら困難なほどに精神的に疲弊するにいたっており、原告に対し、相当程度の心理的な圧力をもたらすものであったことは、否定し難い」と認める。

その一方で、「口調が相当に強かったと考えられる」が、「その趣旨は、取調べを拒否して退室すれば、かえって情状面その他で、原告にとって不利益となる旨を示して、引き続き取調べに応じるよう強く説得したものというべき」と推し量り、「嫌疑は極めて強かったところ、それにもかかわらず、終始俯き、何ら返答もしなかった」Aさんが、退室を申し出るとともに、取調室のドアノブに手をかけたという緊急の状況下において、Dが、Aさんの身体を触れることなしに、考えを変えるよう説得するためにこのように発言したのだから、「強制手段による監禁に当たるとは、到底評価することはできない」と判断している。

結論として、この取調べにおいて、「脅迫に類する手段又は暴行による違法な自白の強要あるいは強制手段による違法な監禁が行われたとは認められない」とし、4月21日の取調べも違法性を却下した。

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