恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑1

「この事件はミニ袴田事件だと思っている。今回の札幌地裁のような決定をしていれば、誰からも裁判所は信用されなくなる。ぶんなぐってやりたい気分だ」 恵庭OL殺人事件の弁護団のひとり木谷明弁護士(2024年11月死去)は2014年4月21日、札幌地方裁判所が第一次再審請求を棄却した後の記者会見でこう怒りをあらわにした。

袴田巌さんは、事件から58年後の2024年9月26日、無罪が確定した。再審判決では、捜査機関による「3つの証拠ねつ造」が認定された。”肉体的・精神的苦痛を与えて供述を強制する非人道的な取り調べ”による自白調書、犯行着衣とされる5点の衣類、実家から押収された端切れの3つである。

この判決を受け、2000年3月に北海道恵庭市で起きた焼損遺体事件、いわゆる恵庭OL殺人事件について検証してみようと思う。
なぜなら、この事件も明らかな直接的証拠はひとつもなく、間接証拠だけで有罪が確定し、非人道的な取り調べ、ねつ造の疑いがある証拠、二審および再審請求で明らかになった証拠隠滅がみられるからだ。

Aさんは、同僚の殺人および死体損壊の罪で、2003年3月26日に札幌地裁の一審判決で有罪となった。控訴も上告も棄却され、2006年10月10日に懲役16年の判決が確定した。
第二次再審請求の特別抗告審も、2021年4月12日に最高裁判所が棄却する決定をし、現在は再審請求をしていない。

2018年3月20日、札幌地裁で第二次再審請求が棄却された直後、北海道警察元警視長の原田宏二さん(2021年12月死去)は、「状況証拠はなかなかひっくり返せない。強引だけど、証拠の偽造、捜査手続き上のミスなど違法捜査が行われたのだから、無罪にしてもらわなければ困る、それしかない」と違法捜査を理由とした再審請求を提案していた。原田さんが着目していたのは、Aさんの車から発見されたロッカーキーと、精神的に追い詰めた任意取り調べだ。

「車を捜索するとき、本人が近くにいるのに、立会人がなぜ消防署員だったのか。車からロッカーキーが出てきたというのがどの程度確実だったのか、もっと細かくやってもいいのではないか」と言う。「これまで、とんでもない証拠の偽造が出てきているわけですよ、本人のサイズに合わない着衣だとか。ありえないような、警察が仕組んだような状況が出てきている。この事件についても、証拠能力がないんだ、とキリで穴をあけるように1か所でも2か所でも突いていくしかない。やれるのは、唯一の物証だといわれているロッカーキー。警察が持ち込んだ証拠だったか否か。そういうところを突き詰めていけないのか、と思う」

もうひとつ、原田さんが挙げたのは、初期段階の警察の任意捜査だ。「本人が精神科病院に入院したんだから、違法な取り調べがあったんじゃないか。自白があろうとなかろうと、違法な取り調べがあった、そういう観点から突破口を開けないか」

Aさんは一貫して無罪を主張し、自白調書は作成されていない。しかし、警察官の任意取り調べでは心因反応を発症し、1ヶ月近く入院している。

控訴審の係争中にAさんは、2000年4月14日から21日まで任意取り調べを担当した千歳署の警察官2名に対して損害賠償を請求する民事訴訟(以下、「民事訴訟」)を起こした。その判決文(2005年3月28日、札幌地裁、原啓一郎裁判長)は裁判所ホームページでダウンロードでき、そこから取り調べの様子や警察官の公式な言い分がわかる。

この裁判はAさんの敗訴となったが、判決では、「取調官Dは、比較的強い口調で、原告に対し、原告を犯人と決めつけるかのような発言や、本件被害者に謝罪するよう求める発言をしており、特に、『お前は鬼だ。早く人間に戻れ』との発言は……穏当を欠くといわざるを得ない」などと認めている。

そして、被疑者に対する取り調べは、事件の性質、被疑者に対する嫌疑の程度、被疑者の態度などさまざまな事情を考慮して、社会通念上相当と認められる状態もしくは限度の範囲内においてのみ許容されるとしたうえで、Aさんは重大事件の被疑者として「相当な嫌疑があった」ため、「その口調が穏当を欠いたものであることを考慮しても」、相当と認められる状態であり、「限度を逸脱したとまで評価することはできない」と取り調べの違法性を否定した。

「比較的強い口調」「犯人と決めつけるかのような発言」「『お前は鬼だ。早く人間に戻れ』との発言」などをともなう取り調べが、Aさんに対する「相当な嫌疑」を理由に民事訴訟では正当化された。しかし、控訴審および再審請求で、警察と検察が証拠を隠していたことが明らかになっている。果たして、Aさんにかけられた「相当な嫌疑」は、客観的な根拠に基づいていたといえるのか。

最初の任意取り調べ時点でのAさんの嫌疑は、「恋愛のもつれという動機が存在する」「最後の同伴者だった」「退社後のアリバイが疑わしい」「被害者の電話番号を知っていた」「被害者の携帯電話をロッカーに戻した可能性が高い」「死体発見現場の土地鑑がある」「被害者の携帯電話を使用したと疑われる」であり、逮捕までに、「ガソリン給油のアリバイ供述が矛盾している」「被害者の携帯電話番号の記載されたメモが自宅にあった」「灯油の購入とその所在が不明瞭である」「被害者の遺品焼損現場の土地鑑がある」「Aさん車両から被害者のロッカーキーが発見された」が加えられた。

このうち、「ガソリン給油のアリバイ」は、Aさんのアリバイが成立しないように警察と検察が証拠隠蔽しており、「ロッカーキー」は押収手続きに違法が認められる。

そもそも、どのような経緯でAさんに嫌疑がかかり、取り調べが行われたのか。この事件の初動捜査に問題はなかったのか。
民事訴訟の判決文、この事件の主任弁護人・伊東秀子さん著書『恵庭OL殺人事件 こうして「犯人」は作られた』、そして、再審請求の筆者取材などを参考に見直すことにする。

任意取り調べの詳細の前に、まず、警察が容疑をかけるにいたった過程についてみていきたい。

恵庭OL殺人事件は、2000(平成12)年3月17日の金曜日、住民から「道路上に人の焼けた死体のようなものがある」との連絡を受けた恵庭市消防本部からの通報で、千歳署の警察官が現場に駆けつけ、女性と思われる焼死体を確認して発覚した。

死体発見現場は、住宅街と離れた、田畑や原野の中に家が点在する閑静な場所を通る道路上だ。昼夜ともに交通量が少ない未舗装道路の両端は圧雪状態で、中央部分は濡れた砂利道になっており、焼死体の周辺のみ雪が融解していた。顔はタオルのような布で目隠しされ、左足先に靴が残っていた。

殺人事件であると判断した千歳署は、北海道大学医学部法医学教室の医師に鑑定を依頼。死因は頸部圧迫による窒息死と思われるというものだった。

同日、娘が前日から帰宅しておらず、今日も会社に出勤していないという通報があり、事情聴取の結果、被害者の身元が特定される。被害者はA工場N事業所に勤務していた。

北海道警察本部と千歳署は、合同捜査本部を設置して、殺人事件の捜査を開始した。

3月17日から捜査本部は、「現場の足跡」「現場のタイヤ痕」「被害者の遺留品である靴の指紋」「目隠しタオルの鑑定」「被害者の車の指紋・血痕など」「被害者の勤務先の捜査と従業員の事情聴取」「被害者の携帯電話の指紋」「現場の残燃物中の灯油や液体などの成分」「現場付近住民に対する聞き込み」「被害者の交友関係」などを捜査した。

これら「現場の足跡」「現場のタイヤ痕」「被害者の靴の指紋」「被害者の車両の指紋」「被害者の携帯電話の指紋」を調べた結果、Aさんのものは何も検出されなかった。ところが、死体発見翌日の18日に、Aさんを有力容疑者とする「A班」を設置したとされる。

ここでは詳しく触れないが、これらの捜査報告書(現場の足跡、タイヤ痕、被害者の車内の指紋、携帯電話の指紋、現場の残燃物の成分鑑定、目隠しタオルの鑑定結果、被害者の交友関係)は、公判廷における検察の取り調べ証拠に入っておらず、公判前に弁護団の開示請求によって随時開示された。

そのうえ、現場の足跡やタイヤ痕などの採取は死体発見当日に行ったというが、それらの捜査報告書はAさんの逮捕後に作成している。その理由を民事訴訟の判決文で次のように説明する。

「現場で採取した足跡は消防職員のものであることが明らかで、被害者およびAさんの靴底の形状と相違することが一見して明白だった」ため、「すぐに足跡の対照依頼を行わず、優先するべき他の捜査を行った上での単なる確認のために、後になって(6月8日、Aさん逮捕後)対照依頼を行った」。
Aさんの足跡は発見されなかった訳は、「死体発見現場付近の雪が、灯油による死体の焼損によって融解した、または、現場を往来した消防関係者らによって消失したことによるものと考えられる」と弁明する。

現場に残っていた被害者の靴の指紋も調べたが、Aさんの指紋が検出されなかった。捜査本部は「それが嫌疑の相当性に影響を及ぼすものでないことは明らか」と断言する。

被害者の車の指紋については、弁護団によると、3月17日に9個、18日に29個採取し、対照依頼を行ったという。対照資料は、N事業所関係者57名およびe町ガソリンスタンド従業員9名の指紋である。4月7日ころ受け取った対照結果によると、6個が被害者の指紋と一致したが、その他31個の指紋について、対照資料と一致するものはなかった。
この件に対して捜査本部は、被害者の車から採取した指紋は、即日対照依頼を行い、Aさんの指紋は検出されなかったという回答を得たとし、「早急に捜査報告書を作成する必要がないため、起訴後(7月31日)に報告書を作成した」「犯人が、被害者車両に乗車していたとは限らないから、同車両から原告の指掌紋が検出されなかったとしても、何ら不自然ではない」と述べている。被害者以外の31個の指紋については一切言及していない。

また、被害者のロッカー内で発見された被害者の携帯電話からは指紋が検出されなかった。捜査本部は、「携帯電話を所持していた者が、証拠を隠滅するため、指紋を拭き取ったと考えるのが極めて自然」「指紋が検出されなかったため、早急に報告書を作成するまでもないことから、後になって(6月12日、Aさん起訴前日)報告書を作成した」と釈明する。

犯人を特定する証拠がないなか、Aさんは有力容疑者として仕上げられていく。

そのきっかけとなったのは、3月17日午後3時5分ころ、N事業所の女子更衣室の被害者ロッカー内で発見された携帯電話だ。携帯電話は、ロッカー内にあった作業服の上着の左胸ポケットに下向きに、ダイヤル表面を内側に向けた状態で入れられていた。女性従業員Kが17日朝方に被害者の携帯電話に電話をかけたときは呼出音が鳴った後に留守番電話になったというが、携帯電話の電源は切られていた。充電は残っており、着信履歴の記録は同日午後9時7分から午後0時36分までの合計20件あり、発信履歴の記録は残っていなかった。

女子更衣室内にある名札のついていないロッカーに、被害者の携帯電話を戻すことができる人物は、N事業所関係者であり、女性の可能性が高い。警察は、Aさんに疑いを抱くことになる。

そのうえ、N事業所の従業員の事情聴取などから、Aさんが被害者の最後の同伴者であり、Aさんと別れたGさんが被害者と交際をはじめたという情報を得る。警察にとって「恋愛のもつれ」は殺人の動機にあつらえ向きだった。

さらに、17日午後5時30分~11時ごろに千歳署で行われたAさんの事情聴取で、Aさんが虚偽の供述をしたことも、警察官の不信感を買ったといえる。
この事情聴取でAさんは、連休前の3月16日ころは業務量も通常の倍ほどあったため、注文伝票の仕分け作業が同日午後9時ころまでかかり、午後9時30分に被害者と共に退社したと話した。そして、「被害者と別れた後、本屋M店に立ち寄り、1時間ほど過ごした」と告げたが、すべてを正確には伝えていなかった。しかも、「被害者の携帯電話番号は、3月17日の昼ころ同僚であるKに聞いて初めて知った。今まで、被害者と携帯電話でのやりとりをしたことはない」と虚偽の供述をしている。

警察はこの2日後、コンビニエンスストアP店のビデオテープと売上記録でから、Aさんが3月17日午前1時43分ころ、缶ビールや雑誌などを購入しているのを知る。Aさんは17日の事情聴取でその事実を話していなかった。

また、警察は、書店Mの店員6名と同店会員ら100名に対し、Aさんの顔写真を示して、Aさんまたは赤い車を目撃したかどうか聞き込み捜査を行った。だが、この捜査では、目撃したとの供述は得られなかった。

そこで警察は、「M店に立ち寄ったのであれば、1時間も雑誌の立ち読みをした同店で雑誌を買うはずであるのに、17日午前1時40分ころ、自宅近くのコンビニエンスストアで雑誌を購入していた。M店に立ち寄ったとするアリバイが信用できないことは明らかである」と確信を深めていく。

恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑2
恵庭OL”冤罪”事件の非人道的取調べと証拠ねつ造疑惑3

タイトルとURLをコピーしました