2000年3月に北海道で起きた恵庭OL殺人事件は、自白や目撃証言、決め手となる物証などはなく、次に挙げる9つの情況証拠を組み合わせ、Aさんの有罪を認定しています。
- 事件後に被害者使用ロッカーから被害者の携帯電話が発見されたこと
- 被害者のロッカーキーがAさん車両のグローブボックスから発見されたこと
- 被害者殺害後の被害者の携帯電話の動きとAさんの動きが一致すること
- Aさんが事件の直前に灯油を購入し、事件後灯油を再購入している事実および本人の供述の不合理性
- Aさん車両のタイヤに高熱によってできたと推定される損傷があった事実
- Aさんに土地勘のある場所から被害者の遺品残焼物が発見された事実
- 動機の存在
- N社事業所従業員に犯人の可能性のある者が他に存在しないこと
- Aさんが被害者と最後に接触したこと
前回は、5つの間接事実(③被害者の携帯電話の動きと一致する、④事件の直前に灯油を購入、⑤車両のタイヤに高熱によってできた損傷、⑦動機の存在、⑨被害者と最後に接触)の矛盾点を検証しました。
残りの4つの状況証拠(①被害者使用ロッカーで被害者の携帯電話を発見、②被害者のロッカーキーがAさん車両のグローブボックスから発見、⑥Aさんに土地勘のある場所から被害者の遺品残焼物が発見、⑧N社事業所従業員に犯人の可能性のある者が他に存在しない)は、事件後に次々と発覚します。
次々と発覚する4つの状況証拠
2000年3月17日午前8時30分ごろ、Aさんはいつも通り出社しました。
前夜に残業と犯行という重労働を行ったため、筋肉痛や肉体疲労があるはずですが、Aさんの疲労困憊した姿を証言した社員はいなかったようです。
たとえ30歳前後でまだ若いとはいえ、朝8時30分に出社し、21時30分まで残業するのは、それだけでも疲れが出ると思われます。それに加えて、残業後、雪の残る寒い屋外で、51㎏の遺体を運搬するといった重作業を行った約10時間後に、普段と変わらない様子であることのほうが不自然といえないでしょうか。
3月17日、“犯人”は、被害者の携帯電話を所持していたとされています。
そして、午後0時36分から同日午後3時5分までの間に、女子休憩室の被害者のロッカーにおいてあった上着の左ポケットに、被害者の携帯電話を逆さに入れて、戻しまたことになっています(状況証拠①)。
その時間、12時から1時間ほどは昼休みで、Aさんは他の女性社員2人と女性休憩室でお弁当を食べますが、この2人に気づかれないように、携帯電話を戻した可能性もあるというのです。
15時ごろ、事業所で被害者の指紋を採取するなどしていた千歳署の刑事が、女子休憩室の被害者のロッカーで、被害者の携帯電話を発見しました。
千歳署はその日、被害者の携帯電話の通話記録に、Aさんからの多数回の着信があることを知ります。
Aさんは最有力容疑者とされ、3月18日から刑事2名による24時間尾行がはじまります。Aさん自宅周辺でのマスコミの張り込みはあまりにもひどく、4月には、事業所の男性社員2人1組で自宅と会社との送り迎えをするほどでした。
こうした状況のなか、捜査機関とマスコミの目を盗んで、自宅から3.6㎞離れた山林内に行き、被害者の遺品(被害者車両のエンジンキー、キーホルダー、眼鏡ケース、ヘアピン、電話帳機能付き電卓、財布等)を焼却したことになっています(状況証拠⑥)。
被害者の残焼物は、4月15日午後4時20分ごろ、発見されました。
この期間、雪解けと雨だったこともあり、焼却場所まで行く道路はぬかるんでいたと考えられます。しかし、大越さん車両に、そうした形跡は全く認められませんでした。
しかも、大越さんに喫煙歴はありませんが、焼却現場付近で、タバコの吸い殻5個が発見されています。
さらに、2000年4月14日、千歳署が、差し押さえたAさんの車を検証した際に、グローブボックス内からロッカーキーが発見されました(状況証拠②)。
被害者のロッカーキーと酷似すると判断したため、事業所に鍵を持って行って被害者の鍵穴と照合したところ、一致したのです。
そして、「N社事業所従業員の中に、犯行の動機があり、犯行とかかわりを持つ可能性のある者は他に存在しない」(状況証拠⑧)と結論づけます。
4つの状況証拠の疑問点
それでは、4つの状況証拠の疑問点をみていきます。
ロッカーの携帯電話
被害者の携帯電話は、同日午後3時5分に電源断の状態で、被害者使用ロッカーから発見されました。
ロッカーのある女子休憩室は、事業所2階で、「女性作業員詰所」と表示されています。施錠はされておらず、誰でも出入りができる状態でした。
「女子休憩室には冷蔵庫があり、男性社員やリフトマンたちも以前はよく出入りしていた」という女性社員の証言もあります。
また、女性社員4人はいずれも、使用ロッカーを施錠していませんでした。被害者の制服には名札がついており、被害者使用ロッカーの特定はさほど困難ではなかったのです。
にもかかわらず、確定判決では、「犯人は、2階に行ってもさほど不信感を抱かれない、事業所従業員である」と推認しています。
ロッカーキー
次に、状況証拠②となるのが、Aさん車両内のグローブボックスから発見された、被害者のロッカーキーです。
事業所の女性社員はみなロッカーに鍵をかけていませんでした。被害者はロッカーキーを持ち歩くことはなく、自分のロッカーの棚に置きっぱなしで、被害者のロッカーキーは、誰でも容易に入手可能だったのです。
それでも、「車両のグローブボックス内に存在したことは動かしがたい事実」「ロッカーキーがAさん以外の者が車両に入れられた可能性も考え難い」とし、犯人性を示す有力な間接事実にされました。
確定判決では、「被害者が保管していたはずのロッカーキーがどのようにして車両のグローブボックス内に存在するようになったか、その経緯は明らかではない」と言いながらも、「ロッカーキーは、犯行後に車のグローブボックス内に入れておいた被害者のバッグから何かの拍子にグローブボックス内に落ちた」といった曖昧な認定をしました。
被害者のバッグは、グローブボックス内に入る大きさではなく、ロッカーキーには鈴がついていたので、落とせば当然音がして気づくはずです。
被害者のロッカーキーの発見は、捜査機関のねつ造の可能性も否定できません。千歳署は正式な手続きをとらずに、「ロッカーキーを持ち出し、被害者のロッカーの鍵穴と照合」しています。証拠品押収には本人立ち合いが原則ですが、ロッカーキーを発見したとき、Aさんが近くにいたにもかかわらず、なぜか消防士に立ち会いをさせています。しかも、重要な物的証拠にもかかわらず、発見した状況の写真を撮影していないのです。
遺品の発見
さらに、焼却された被害者の遺品の発見も、間接事実になっています。「その場所付近について土地勘を有していた」のに加え、「買い直した灯油ポリタンクには9.5リットルの灯油しか残っておらず、不足分の500mlが被害者の遺品の焼損に使われた可能性が高い」としています。
4月15日夕方、森の中で被害者の遺品を発見されました。発見したのは、Aさんも参加しているボランティア団体の会員です。4月10日と13日の夕方に見廻ったときにはなかったといい、4月9日21時ごろから11日11時にかけては大雨と強風だったため、14日か15日にかけて焼かれたとみられます。
捜査機関は、Aさんの日常生活の一切を注視・確認していたと証言しましたが、4月14日午前8時22分以降は監視していないと主張しています。
マスコミも継続的に尾行していたため、Aさんが被害者の遺品を所持して焼損場所に行くのは不可能だったと考えられ、現場まで赴いた形跡もありません。
土地勘があるというのであれば、わざわざ自宅からさほど遠くない、地元の人の抜け道にもなっているような場所で、捜査機関やマスコミに見つかる危険を冒してまで、被害者の遺品等を焼却するでしょうか。
焼却現場付近で発見されたタバコの吸い殻も、Aさんとは結びつきません。
可能性のある者が他に存在しない
もうひとつの間接事実は、「可能性のある者が他に存在しない」(状況証拠⑧)です。
確定判定には、「捜査対象者の供述に基づき裏づけ捜査をした結果、全員の申し立てに不信は認められず」とありますが、捜査対象者は、N社事業所従業員51人のみで、N社事業所の元従業員、他のN社の工場や事業所の従業員、トラックマン、出入り業者等についてのアリバイは、全く捜査されていません。
しかも、アリバイが捜査されたのは、事件発生後3か月後で、極めて杜撰な内容でした。
N社事業所従業員51人中、4人にアリバイはありません。51人のうち32人は、刑事訴訟法上アリバイが成立するとはみなされない、配偶者や親等の近親者の供述しかなく、言動に不審な点がある者が複数名います。
このように、恵庭OL事件の犯人が作り上げられたのです。
9つの状況証拠は証明力が弱く、“可能性”の積み重ねで、有罪判決を認定しているといえます。
つまり、誰もが突然、身に覚えのないことで犯人として仕立て上げられ、冤罪に巻き込まれる…。その恐ろしい現実が、この事件なのです。
(2020年7月25日)