夕張の過酷すぎる現実 財政破綻した自治体の7年後

『週刊女性』2014年12月2日号に掲載された記事です。

「先に明かりが見えないトンネルにいるようなものですよ。自分が生きているうちに再建できるのか、と思うときもありますね」

夕張市で地方紙『夕張タイムス』を発行する森剛史編集長は、ため息交じりにそう語る。

2007年、北海道夕張市は総務大臣の同意を得て財政再生団体となった。自治体が財政破綻! 日本中に激震が走った。
北海道のほぼ中央、札幌市や新千歳空港から約60キロ圏内に位置する夕張市は、明治時代に炭鉱が操業開始して以来、日本の主要な産炭地として繁栄してきた。しかし、国のエネルギー転換で1965年ごろから炭鉱は次々と閉山。経済不振に陥った夕張市は、「炭鉱から観光へ」をキャッチフレーズに、観光振興に力を入れはじめる。

「観光で財政を立て直そうという、志はよかったのかもしれませんが、結果がついてこなかった。夕張市の観光開発は突拍子もないものではなく、九州の筑豊でも同じように遊園地を造り、同じように失敗しています」と地方自治総合研究所の菅原敏夫さんは言う。

夕張市が出資した第3セクターは、1983年にテーマパーク「石炭の歴史村」をオープンさせた。その後、ホテルの開業など、湯水のごとく資金をつぎ込み事業を拡大。観光客は一気に増加し、石炭村の観光売り上げは20億円を超えたときもあった。松下興産を誘致し、スキー場のリゾート開発に乗り出した。こうした華々しい観光事業で、夕張市は「活力あるまちづくり優良地方公共団体」として評価された。

しかし、内情は累積赤字を抱え、厳しい状況だった。観光への投資、人口減少による市税や地方交付税の大幅減少、不適切な会計処理などが原因で膨大な赤字となり、ついに破産した。
夕張市が最終的に解消すべき赤字は353億円だ。

「北海道が約360億円を年利5%で融資し、夕張市は金融機関に借入金を返済しました。現在は、北海道に借金を返済しています」(菅原さん、以下同)

財政再建計画の終了予定は2027年3月。それまでに返済すべき借金は約288億円で、市民一人あたりに換算すると、295万円以上になる。

「破綻以降、夕張市の住民は”日本で一番高い税金、一番低いサービス”を強制されています」

住民税は3000円から4000円に、軽自動車税は1.5倍に引き上げられた。下水道料金は10立方メートル当たり1470円が2440円に値上がりし、ゴミを出すにも、処理手数料が新設され、1リットル当たり2円かかる。

家計の負担が増えたばかりではない。

「市役所の近くにも、トイレットペーパーやティッシュを買える店はないですよ。15軒ほどあった食堂も、いまでは2~3軒しか営業していません」と言うのは前出・森さん。

65歳以上の高齢化率は46.5%だが、歩いて行ける範囲に商店はほとんどない。

「隣町の温泉施設が無料送迎バスを出していて、温泉の帰りに大型スーパーに寄るので、お年寄りはそれを利用していますね」

病院や消防職員を含む市の職員は399人から144人に削減。市職員の給料も日本最低だ。優秀な人材が流出し、公共サービスの劣化も著しい。市立総合病院は診療所に格下げされ、171あった病床は19に減少。民間の医療機関は4軒あるが、婦人科が存在するのは夕張市立診療センターのみで、週1回の婦人科検診だけ行っている。救急体制も万全とはいえない。再建団体になった直後は救急患者を市内で受け入れず、近隣の市や、往復3時間もかけて札幌市へ搬送していた。現在は、一次救急のみ市内医療機関が交代で対応している。

教育機関への影響も大きい。市内7校あった小学校と4校あった中学校をそれぞれ1校に統合。通学にはスクールバスと路線バスを使い、なかには長時間かけて学校に通う児童・生徒もいる。夕張市の15歳未満の人口比率は6.2%でしかない。図書館と美術館は廃止となり、4か所あった屋外プールも閉鎖した。

「運営されていた屋内プールは、雪の重みで屋根が壊れ、修理できないままです」

菅原さんはその事情をこう解説する。

「財政再建団体は”箸の上げ下げまで”といえるほど、どんな些細なことでも総務省におうかがいをかけ、許可を得なければなりません。修繕費などは予算に組まれていませんから……」

長年〝文化の殿堂〟として市民に愛されてきた、夕張市民会館(現・アディーレ会館ゆうばり)は、耐震補強工事が認められず、来年3月いっぱいで閉館が決まった。25回目を迎える『ゆうばりファンタスティック国際映画祭』のメイン会場でもある。

「生活には楽しみも必要なのに、文化や娯楽がまず削られる。夕張市はその昔〝勤労文化都市〟を宣言し、市民の芸術への関心が高いんですよ。希望を失い、転居する人もいますね」
森さんは口惜しさをにじませる。

一時は10万人以上を数えた人口は、9700人強に減少した(2014年3月現在)。破たん後の7年間の人口減少率は約26%だ。

「引っ越しできる人は恵まれていて、年金生活者や地元でほそぼそと仕事をしている人が、残ってがまんせざるをえない。借金は市民の税金から返済されます。自治体が破綻すれば、ツケは全て住民にまわってくるわけです」

日本中に炭鉱はあり、どこの自治体も苦しんではいるが、破綻にいたっていない。夕張市の破たんの背景は何だったのか。

「夕張だけが野放図な財政だったとの批判には賛成しがたいですね。夕張で石炭を掘っていた北炭夕張が撤退するときに、自社が所有していた病院や住宅などすべて夕張市に押しつけ買い取らせて、逃げてしまったのです。リゾート開発を手がけた松下興産も、ホテルを夕張市に買い取らせて撤退しました。儲かっているときには一枚加わり、景気が悪くなると無責任に逃げるのは、大企業にはあるまじき行為です」(菅原さん、以下同)

自治体は破算できない。そう制度で決められている。「石にかじりついても、自治体は借金を返済しなければならないのです」

アメリカのデトロイト市が破綻したときには、金融機関が約7割の債務放棄に応じたが、夕張市は借り入れしていた10を超える金融機関に利息ともども一括返済した。金融機関は貸し手責任を問われず、一銭も損をすることなく、資金を回収したのである。

「第3セクターを設立したのは自治体ですが、会社に貸した資金に対して一切の責任をとらず、全額返済してもらえるのですから、金融機関にとってこれほどおいしい話はないですよ。金融機関を助けたうえで、住民だけに理不尽な負担がのしかかる。ここまで過酷か、というほどに」

借金を抱えている限り、合併もしてもらえない。住民は人質のようなもの。みな出ていったら、自治体が成り立たなくなってしまう。

「夕張市は日本で唯一の財政再建団体であり、破綻したらこうなるぞという〝見せしめ〟でもあります」

〝見せしめ〟は功を奏し、夕張市以降、財政再建団体になった自治体はいまのところない。というのも、夕張市破たんは、再建法も大きく見直す契機にもなったのだ。

「夕張が破たんにより、総務省は大急ぎで新しい法律を検討し、2008年に財政健全法を施行しました。4つの指標で赤字だけでなく借金もあぶり出すようにしたのです。自治体にとって非常に大きな変化です」

先ごろ政府が打ち出した『地方創生』において、夕張市は『まち・ひと・しごと創生』施策のモデルケースになるとの声も聞こえる。

10月15日に財政制度等審議会の分科会で行った、夕張市の鈴木道直市長のプレゼンでは、夕張市が進めているコンパクトシティについて説明があった。住居や病院、学校などの機能の集約化を図る施策だ。

「鈴木市長は元東京都の職員で、若くて熱意もあるのですが」と一定の評価をしたうえで、菅原さんはつぎのような苦言を呈した。

「小学校一つにすることが、コンパクトシティでしょうか? カタカナにすると新しいコンセプトのようでも、”中心地に集まりなさい。それ以外の地域は不便にするぞ”と言っているのと同じです。お年寄りを住み慣れた場所から移住させる権限が誰にあるのか。各地でコンパクトシティが検討されていますが、多くはこの言い換えでしかありません」

無謀なバラマキは夕張市の二の舞になる。『地方創生』を絵に描いた餅にしないために、何をすべきか。

「『自治体は冒険したり、つぶれたりしてはいけない』という教訓は、夕張市から得られましたよね」

自治体が破綻すれば、住民はとてつもない犠牲を強いられる。それだけは肝に銘じておきたい。

 

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