パリのシャンゼリゼ大通りが突如「農場」に!

『ビッグイシュー日本版』2010年8月1日に掲載された記事です。

5月23日・24日、パリのシャンゼリゼ大通りで大規模な農業祭が行われ、パリジャン・パリジェンヌたちが「農」に親しむ2日間となった。

排気ガスではなく、草木の香りが漂うシャンゼリゼ通り

5月23日と24日の2日間、パリのシャンゼリゼ大通りが突如「農場」に一変した。「ナチュール・キャピタル(首都の自然)」と題されたイベントで、車道は全面通行止めになり、凱旋門からの1.2キロメートルが、一夜にして緑の風景に様変わり。

石畳には赤い木屑を敷いて地面の雰囲気を出し、植物を植えた1.20四方のコンテナ8千個をパッチワーク状に配置。杉や松の森林、トマトやジャガイモなどの野菜畑、菜の花やラベンダー畑、そして、牛や羊の酪農場、牡蠣などの漁場がずらりと並び、フランス各地の農産物約150種がここに集結した。

「暑くて混雑していたけど、排気ガスではなく、草木の香りが漂うシャンゼリゼ通りを歩くのは悪くなかったわ。子どもたちは、動物と遊ぶのに夢中で動こうとしないの」。参加したエヴリン・パプリエさんは、その様子をカメラで撮影しながら、愉快そうに笑う。

山の幸、海の幸といった各地の特産品を販売する市場も大盛況。24日(月)は祝日ということもあり、見学者の数は通算で190万人に上ったという。

さながら物産展や田舎体験のようではあるが、このイベントの最大の狙いは、都会人にフランス農業に親しんでもらうとともに、農家の窮状を訴えることだった。主催したのは、35歳以下の若手農業事業者で作る青年農業者組合(JA)だ。

フランス農業は、ここ数十年、農作物の価格下落や補助金削減などで深刻な危機に陥っている。特に、若者の将来への不安は大きい。今年に入り、国内の農水産業近代化法の制定やEUの共通農業政策2013年改革に向けた議論がはじまった。そこで、人々の農業への関心を高めようと、社会ムーブメント的な大掛かりなイベントに踏み切ったのだ。

独特の“エスプリ”を効かせ、社会的メッセージを訴える

農業国フランスといえども、消費者と生産者が顔の見える関係にあるわけではない。青年農業者組合代表のウィリアム・ヴィルヌーヴさんは、「フランス農業の歴史が変わろうとしている今、農業従業者は都市生活者や消費者との相互理解が求められています」と述べる。

イベントでは、若手農業従業者たちが、日ごろ会う機会の少ない消費者に向けて、農業の魅力や生産物について直接説明。また、講演会などで意見交換なども行われた。ブルーノ・ルメール食糧・農業・漁業大臣やパリ市長が開会式に出席し、サルコジ大統領夫妻が見学に訪れるなど、政治家を巻き込む目的も果たしたといえる。

社会的メッセージを訴える際も、独特の〝エスプリ〝を効かせるのがフランス流。「美しい農園」を演出したのは、ストリート・デザイナーのガッド・ヴェイユ氏だ。

「自然を神聖化して崇めるのではなく、人間と関わらせながら芸術的に表現したかったんです。600人もの若い農業従業者の手で作り上げたこと、そこに意味があると思います。そして、ここでの散歩を体感することによって、緑あふれる世界こそ望ましいと人々は五感で気づくでしょう」。ヴェイユ氏はレクスプレス誌の取材でこう語っている。

イベントの費用は420ユーロ(約5億円)で、3分の2は農業金融機関や企業が負担し、残りは展示した植物や農作物の売り上げで補うという。

ただ、派手な活動だけに、批判もないわけではない。国連の生物多様性年にちなみ、環境と農業の重要性を強調する主催者側に対し、環境系のサイトでは、「化学肥料を使用して生態系を壊しているのが農業者だ」との書き込みも多数みられる。

とはいえ、「農業こそ将来の中心(キャピタル)」のスローガンを掲げ、都市および新自由主義の象徴ともいえるシャンゼリゼ通りを舞台に「農」をアピールした意義は大きい。第一次産業の衰退を嘆くのではなく、大胆かつ奇抜な仕掛けを打ち出す勇気はあっぱれだ。

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